11度目で夏初出場 二松学舎大付・市原監督の「苦節18年」
――お通夜ですよね。
「学校の体育館には150人ほどの関係者の方が集まって、挨拶をするのも、しどろもどろになってしまってですね。部員を一人一人紹介するんですが彼らの名前が出てこない。5秒間くらい『えー……』しか言えないままでいると部長が舞台に飛んできて、小さい声で『小杉です』と」
――エースの名前も出てこないほど意気消沈したと……。
「頭が真っ白になるというのはこのことを言うのかという。小杉の次もやっぱり名前が出てこなくて、部長にマイクを預けました。それ以降、挨拶することがトラウマになってしまって、今回(報告会)の挨拶もほとんど部長に託しました」
――そんな苦い経験を経て、東東京大会を優勝し、甲子園でも1勝しました。勝利の味は格別じゃないですか?
「甲子園出場は生徒が勝たせてくれたようなものですし、東東京大会を勝ち抜く大変さと、甲子園でひとつ勝つのと、どちらが重いのかはわからないですね。東京代表として何とかひとつ勝ちたいと思っていましたから、最低限のことはやれたかなというのはありますね」