酒と酒場の本特集
憂さ晴らしに愚痴こぼし。何かを忘れたいときに飲む酒もあれば、他人とつながりたくて飲む酒もある。酒意地が汚いとののしられようが飲みたいものは飲みたい。明日が見えないときであろうとも、飲みたいときには飲みたい。そんな飲んべえの屁理屈をひそかに正当化してくれる、酒と酒場の本を紹介しよう。
「最終的には下りるのに、なぜ登るのか」
登山が趣味だと、常に聞かれる愚問がある。答えは人それぞれだが、あるひとつの明快な回答を示唆する本がある。清野明著「山を下りたら山麓酒場」(交通新聞社 1200円+税)だ。
著者は幻のアウトドア雑誌「探検倶楽部」の元編集長。山好き・酒好きの彼が説く。下山後のビールや飯は魔法のようにうまい。生きててよかったという思いにとらわれるほどうまい。適当に作ったチャーハンやラーメンも、登山の後は感動的な味に変わる。実はこれが本来の味覚ではないかと。
そのために山に登るという輩がいてもおかしくない。「下山後のビールと飯がうまいから山に登る」。それも立派な回答のひとつだ。
著者はできれば登山後に寄りたい酒場を「山麓酒場」と名付け(勝手に)、ガイド仕立てでまとめている。
JR五日市線・青梅線・中央線、小田急小田原線、西武秩父線など、東京周辺の登山の聖地を中心に、沿線別で山麓酒場を紹介。
山麓酒場の定義も明快だ。
1、駅から近い。徒歩5分圏内(遠いと帰るのがイヤになるし、山で疲れているので歩きたくないからだ)。
2、店の形態は問わない。ビールと日本酒が最低限あればいい(できれば冷酒も)。
3、汗臭い汚れた登山客に目くじら立てない優しい店。
4、店内完全喫煙可(喫煙者&飲酒者は高額納税者でもあり、大目に見てほしい)。
このワガママかつ、独断と偏見に満ちた定義を満たし、登山者に寛容かつ優しい店を厳選紹介。しかも、本当においしい店もあれば、とりたててうまいというほどでもない店も含む(と著者は率直に書いている)。
酒場ガイド本ではあるが、酒や飯だけではない。登山者目線の癒やしポイントも多数掲載。山頂からの見事な景色、重いザックを降ろし、四肢を投げ出して寝転がれそうな大広間、ひとっ風呂浴びるにちょうどよい温泉……中年登山者の心をわし掴みにする写真も多い。数軒を紹介しておこう。
JR中央線上野原駅から徒歩2分の「一福食堂」は赤提灯のラーメン屋だが、とんかつや絶品の自家製ぬか漬けもある。小田急小田原線渋沢駅から徒歩2分の「いろは食堂」はフキやこんにゃく、ぜんまいなどの和総菜、山いもの天ぷらが格別にうまいそうだ。JR青梅線御嶽駅から徒歩2分の「玉川屋」は築130年、かやぶき屋根の建物で、太宰治も訪れたという。地元の酒「澤乃井」で、稚鮎の天ぷらともつ煮がお勧めだ。
うるさいことは言わない。冷えたビールの後は、地酒の1合瓶で。何の変哲もないポテトサラダにごく普通の空揚げ、素朴なラーメンでシメる。登山後の至福のひとときをそっと見守ってくれるような店が心地よい。
酒飲みの究極の言い訳を書籍化したらこうなった、というすがすがしい本でもある。