狂騒の資本主義

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「資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか」ナンシー・フレイザー著 江口泰子訳

 相変わらず縮まらない格差。インフレ基調に転じた資本主義の行く末が心配だ。

  ◇  ◇  ◇

「資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか」ナンシー・フレイザー著 江口泰子訳

 いまや市場経済は共産圏をふくめ、世界中で当たり前。しかも市場では勝者が敗者を食いものにし、差別が横行し、公共サービスはどんどん細ってゆく。アメリカの社会科学者の著者はこれを「カニバル資本主義」という。人が人を食らう「共食い」資本主義の意味だ。

 経済学でいう資本主義は私的労働と市場交換、賃金労働と営利目的の生産からなる経済システム。しかし、著者のいう資本主義は投資家と所有者のために貨幣価値を積み上げ、ほかの人々の富をむさぼり食う社会システムのことだという。「己の尻尾を食らうウロボロスのように、資本主義は己をむさぼり食おうとする」のだ。資本主義は同じ地球に住むグローバルサウスの人々を搾取し、収奪する。また、不利な立場に追いやられる多数派は女性だ。さらに、資本主義は自然環境を食い荒らし、大量の廃棄物をそこに捨てる。そして資本主義は公権力による治安の維持や法の執行といった制度によって守られる。

 この4つからわかるのは資本主義が自律したシステムではなく、自分自身の基盤を食い荒らすことによって成り立っているということだ。それは近代初期(16~18世紀)の重商主義に始まり、19世紀の植民地主義、20世紀の国家管理型資本主義、そして現代の金融資本主義へと発展してきた。こう指摘することで著者は、資本主義を乗り越えて社会が資本を統制することを提唱している。

(筑摩書房 1210円)

「科学と資本主義の未来」広井良典著

「科学と資本主義の未来」広井良典著

 現代は2つのベクトルで動いている。第1は超高速化した「スーパー資本主義」と「スーパー情報化」のベクトルだ。すべてがデジタル化され、スピードと利潤をめぐる競争が極限まで達している。

 第2は「ポスト資本主義」と「ポスト情報化」。限界を突き破ってリミッターを壊してしまったような資本主義と情報化に、人々は恐怖と疑問を感じるようになり、地球資源や環境の有限性に本気で目を向けるようになっている。サステナビリティー(持続可能性)がさかんに叫ばれること自体、それを物語っているだろう。

 近代科学は17世紀の西洋で誕生した。その同時代に生成したのが資本主義だ。それゆえ両者はいわば「車の両輪」のように人類の文明を駆動してきた。

 しかし、それが曲がり角に来ているのは明らか。たとえば資本主義大国アメリカでは先進諸国の中で医療費に投入される金額が群を抜いて多い。それなのに平均寿命は最低というありさまだという。

 他方、日本では新型コロナの感染者数は少ないのに緊急事態宣言などで経済活動に深刻な打撃となったが、それは医療システムへの公的な関与が少ないためという。著者は科学哲学と公共政策を専門とする京大教授。

(東洋経済新報社 2200円)

「反資本主義」デヴィッド・ハーヴェイ著大屋定晴監訳 中村好孝ほか訳

「反資本主義」デヴィッド・ハーヴェイ著大屋定晴監訳 中村好孝ほか訳

 長年、マルクス主義の理論家として声望をあつめてきた著者はイギリス出身の経済地理学者。1970年代に都市における貧困と不平等を論じたことから彼の仕事は始まり、本書はベストセラーになった「新自由主義」の続編。

 注目されるのは現代の中国と資本主義の関係。1978年、鄧小平政権下で変化が起こる。80年、新自由主義のフリードマンが中国を訪問。以後、中国の大学の経済学部にマルクス経済学者は皆無というほどになった。いまやマルクス主義は哲学の一部門だ。

 2008年の中国は低賃金労働力が売り物の世界の工場だった。いまも実態は同じだが、中国は2つの点から変化した。

 1つは中央の権力の命令を地方が必死で実行する。つまり、地方同士で苛烈な競争が行われる。2つ目はコピーキャット(模倣)文化があたりまえになっている。知的所有権は無視され、それによって中国は08年から8年間で驚異的な発展を遂げた。

 きわめて速く、きわめて機敏で、戦意の高い起業文化が全土にみなぎる。これを著者は「剣闘士資本主義」という。食うか食われるかの競争。それに対して学歴にかかわらずインターネット技術で発信可能な「新しい労働者階級」による社会主義、個々人の「自由に処分できる時間」を解放することで集団主義に陥らない社会主義をめざす重要性を説いている。

(作品社 3520円)

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