重松清 中上健次に目かけられた早稲田四畳一間の下宿時代
根っからの文学青年じゃなかったし、大学3年で早稲田文学に入るまでは全く本を読んでいなかった。編集部の仲間の会話に全然入れなくて、それが悔しくてね。彼らの会話に出てきた作家名や小説名は暗記して、その日のうちに図書館や古本屋に駆け込んで夢中になって読む、読む、そしてまた読む。さあ、もう大丈夫だ、分かったぞって、会話に入ろうとする頃にはもう別の話になっている。そんな日々の繰り返しだった。
学生時代の奨学金は特別奨学生で3万9000円ほどあったけど、大学3年生からは全額、本代に充てた。あんなに一生懸命に本を読んだことはなかったよ。当時買い集めた本はいまだに捨てられず、書斎の一部を占領している。しおり代わりに使った箸の袋やコンビニのレシートも含めて、この先も捨てられないだろうな。
早稲田大学に入ったんだけど、早稲田文学を卒業したような、そんな気持ち。1984年にこんな格好で原稿用紙を埋めていた学生は何万人もいた。その中で俺はたまたま掬われたんだと思う。現在、こうして物書きでいられるのは才能もあったかもしれないけど、巡り合わせもある。だれかが俺のあみだくじのいいところに、一本、足してくれたんだよ。
▽しげまつ・きよし 1963年、岡山県生まれ。出版社勤務を経て執筆活動に入る。今年11月、「ゼツメツ少年」(新潮社)で第68回毎日出版文化賞(文学・芸術部門)受賞。