大高宏雄
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大高宏雄映画ジャーナリスト

1954年浜松市生まれ。明治大学文学部仏文科卒業後、(株)文化通信社に入社。同社特別編集委員、映画ジャーナリストとして、現在に至る。1992年からは独立系を中心とした邦画を賞揚する日プロ大賞(日本映画プロフェッショナル大賞)を発足し、主宰する。著書は「昭和の女優 官能・エロ映画の時代」(鹿砦社)など。

「孤狼の血 LEVEL2」今年最高級の傑作! 松坂桃李×鈴木亮平×村上虹郎×中村梅雀“演技の妙”

公開日: 更新日:

 8月20日から公開された「孤狼の血 LEVEL2」が、今年最高レベルの傑作だった。刑事とヤクザの激闘を描き、往年のヤクザ映画の系譜につながる作品である。2018年に公開された「孤狼の血」を踏まえた作品だが、原作(柚月裕子)があった前作とは違って、今回はオリジナル脚本だ。「孤狼の血」で殺された破天荒な悪徳刑事・大上(役所広司)のあとを若き刑事・日岡(松坂桃李)が引き継ぐ。組同士の抗争劇を抑え込む役割を担うためだ。彼の強い思いに突き動かされた覚悟は、ときに犯罪行為にまで手を染めかねない。時代は1990年代に入ったバブル期。舞台は「仁義なき戦い」と同じく広島である。

 傑作たるゆえんはいくつもある。日岡とヤクザの激烈な対立構造を多彩な人物たちを通して緻密に描き込んだ。日岡と敵対するヤクザの、もっとも危険かつ狂暴者として上林(鈴木亮平)を登場させ、冒頭から彼の突進力が爆発していき映画全編を疾風のように駆け抜ける。

 ひりひりするようなバイオレンス描写、鮮やかなカーアクション、要所を押さえた的確で縦横無尽なカメラワーク、手の込んだセット造型など、脚本(池上純哉)、演出(白石和彌)、撮影(加藤航平)、美術(今村力)をはじめとする映画の総合的な活力が画面の隅々にまで見事に息づいている。

瞠目すべき亮平と虹郎の初対面シーン

 と、いろいろ挙げられるが、実のところ筆者が特に胸を打たれ、興奮もしたのは俳優たちの演技であった。松坂桃李、鈴木亮平に加えて、日岡、上林の間を行き来するチンタ・村上虹郎、日岡の相棒として動く元公安刑事の瀬島・中村梅雀の4人が目を引いた(以下、すべて俳優名で表記)。

 重要なのは、それぞれの俳優の持ち味を基盤にしながらも4人の演技の向かう先が全く違っていたことだ。個性を生かしつつあくどい面を広げる(桃李)、眠っていた個性を引っ張り出す(亮平)、個性をぐらぐら揺るがす(虹郎)、個性そのままにその意味をひっくり返す(梅雀)。演出側からいえば、こんな感じだろうか。

 具体的に書く。桃李は彼の持ち味である生真面目さ、正義感と裏腹にも見える突進力が、ある裏切りに遭うことで虚脱感を身にまとう。その変わりゆく様を見事に表現してみせた。亮平はそのスケール感を存分に生かしつつ、眉毛を薄くした悪相ヅラのままに凄まじいバイオレンスの鬼と化す。彼の新境地である。虹郎は生来の繊細さと表面的な弱々しさをないまぜにしながら、ある使命のために身をすり減らす。不安げな表情の揺れ動きが素晴らしい。梅雀はテレビでよく見る温厚な持ち味そのままながら、表には出ないどす黒い意志を腹に忍び込ませる。圧巻であった。

 話に踏み込まず、用心深く書いているのだが、瞠目すべきこのシーンだけは記しておきたい。亮平と虹郎が初めて出会うシーンだ。虹郎は彼に近づくある目的があるのだが、何気に虹郎に声をかける亮平のいぶかしさが入り混じった表情と、探りを入れるような言葉に胸をかきむしられる。虹郎が何者であるのか、この時点で早くも素性(出自も含めて)を知ったかのような趣が亮平にあったからだ。

 それに応える虹郎のとまどい、ちょっと慌てた感じの表情がまた出色で、本作の中でもっとも見応えあるシーンのひとつといっていい。全体を見ると2人が見えない糸でつながっているのがわかる仕掛けになっている。本作の大きなテーマを象徴したシーンである。

 それぞれの俳優が、製作側の熟慮に熟慮を重ねた配役、役柄の妙を経て未知の領域に飛び立っていく。そんな印象を本作から強烈に抱いた。映画を見る醍醐味の大きな要素ではないだろうか。本作は俳優を志す人のバイブルになる。そう確信できる。

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