ピーター・フランクルさんが忘れられない編集者の言葉「この本が出たらあなたの人生が変わる」

公開日: 更新日:

ピーター・フランクルさん(数学者、タレント、大道芸人/68歳)

 1990年代からテレビで活躍、数学者でありジャグリングの大道芸人でもあるピーター・フランクルさん。ハンガリーに生まれ育ち、71年に国際数学オリンピックで金メダルを獲得。世界各国で研究や講演、さらに大道芸を披露し、日本に移り住む波瀾万丈の人生を送っている。そんな体験をつづった本を出した92年、人生が大きく変わった瞬間だ。

 ◇  ◇  ◇

 日本に住むようになったのは日本学術振興会で奨学金をもらい、日本で研究するためでした。その間に、当時はまだ無名の大学教授だった秋山仁さんと組み、国際数学オリンピックに日本代表を参加させるようにしたことは、自分がやった日本での功績のひとつだったと思います。

 大道芸をやったのも楽しかったし、奨学金をもらっていた期間が終わっても日本にいました。その頃にある雑誌の取材を受けました。いろいろな大学で話す時のように「若い人は夢を持つべきだ」と取材に答えたら、記者に「じゃあ、ピーターさんの夢は何ですか」と聞かれたんですよ。

■「どこの国から来たの?」「何のために?」と同じ質問ばかり

 僕は困ってしまい、とっさに「自分の人生を書いた本を出すこと」と答えました。なぜかというと、来日以来、ジャグリングの練習を代々木公園でしていると、見知らぬ人たちから「どこの国から来たの?」「何のために?」「何する人?」と同じ質問ばかりされていたからです。一人一人に同じように答えるのは効率が悪いから、自分の本があれば、「読んでください」と言えるだろうと(笑い)。

 それに僕はサラリーマンでも教授でもなく、研究だけで暮らしていたから、「日本人にない生き方が参考になるかな」とも思いました。

 その記者が「ぜひ実現してください!」と編集者を紹介してくれて話を進め、本が完成したんです。出版前にレストランで編集者が聞いてきた言葉が忘れられません。

「ピーターさん、この本が出たらあなたの人生が変わります」

 優秀な方でしたから本が影響力のあるものになるとわかり、「有名になって人生が変わってしまう。それでも出していいですか」と忠告してくれたのです。本を出す決断が僕の人生が変わる瞬間です。もし変化した人生が嫌だったら、国籍を持っていたフランスに戻ればいいやと思っていました(笑い)。

 出版され、著者紹介でメディアに取り上げられるとクイズ番組などテレビに出演できて有名になり、僕の人生が大きく変わりました。「平成教育委員会」では数学の問題作りもやり、ビートたけしさんと一緒に紹介したけど、歴史と国語の解答はお手上げでしたね(笑い)。

 街や電車で声をかけられたり、写真を撮られたりの毎日。クイズ番組やワイドショーに出るために日本語や歴史など日本の勉強をしたけど、とても面白かった。あれで日本への思いが強くなりました。

 他に変わったことは日本中を巡れたこと。僕は講演会で地方に行く時に講演会の3日前くらいに行き、商店街のおじいちゃん、おばあちゃんに方言を教わったり、現地の知り合いの方に案内してもらったりして知識を広げました。どこの都道府県も14回以上行ってます。北海道は100回行きました。

ジャグリングを広める夢も実現

 もうひとつの夢はジャグリングを広めることでした。もともとは70年代に出会った偉大な数学者ロナルド・グラハム(故人/アメリカ数学会会長など務める)が基礎を教えてくれたことがきっかけで始めたんです。ただし、師匠とは違い、僕はいろんな国で大道芸としてもやるようになりました。

 でも、僕にとっては趣味なんですよ。ゴルフが趣味という人と同じ。なのに、「なんで数学者が大道芸をやってるの?」と日本ではよく不思議がられた。実はコミュニケーションに苦しんだ大学生の頃に、ジャグリングのおかげで救われ、人前で披露するようになって話も上手になった経験があった。だから、ジャグリングを広めるため、本を出した1年後に東京大学に全国で初めてのジャグリングのサークル「マラバリスタ」をつくりました。案の定、理系の学生は口下手だったけど、人前に出ることでコミュニケーション能力が上がったんです。

 だから、部員にとってもターニングポイントだったと思います。ロナルドが来日した時にサークルのみんなを紹介すると、彼はすごく喜んでいました。やがて全国の大学や高校にもジャグリングのサークルができていきました。

「マラバリスタ」は東大で今も健在。学生にジャグリングを教えたのは、僕の日本への恩返しの気持ちでもありました。彼らは老人ホームや病院でジャグリングを披露することも。ジャグリングなら大勢の人を喜ばせられるから、やる方にも見る方にもいいことです。

 今振り返っても、あの本を出版した瞬間から人生が大きく変わりました。これからも日本中を巡りたい。各地で「人生を楽しく過ごす方程式」をじかに伝えたいのです。

(聞き手=松野大介)

▽1953年3月生まれ。国籍はハンガリー、フランス。数学者、大道芸人。「数学放浪記」(晶文社)刊行以来、著書多数。

最新の芸能記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    愛川ゆず季が告白「長男の自閉症を隠していたわけじゃない。でも言葉にすごくパンチがあって…」

    愛川ゆず季が告白「長男の自閉症を隠していたわけじゃない。でも言葉にすごくパンチがあって…」

  2. 2
    西武激震!「松井監督休養、渡辺GM現場復帰」の舞台裏 開幕前から両者には“亀裂”が生じていた

    西武激震!「松井監督休養、渡辺GM現場復帰」の舞台裏 開幕前から両者には“亀裂”が生じていた

  3. 3
    中居正広「脱SMAP」成功の裏に“懐刀芸人”あり 自身が仕切る番組の「裏回し」任せ巧みに延命

    中居正広「脱SMAP」成功の裏に“懐刀芸人”あり 自身が仕切る番組の「裏回し」任せ巧みに延命

  4. 4
    愛川ゆず季が2歳で長男の自閉スペクトラム症を確信した“逆さバイバイ” ネット検索で不安のループに…

    愛川ゆず季が2歳で長男の自閉スペクトラム症を確信した“逆さバイバイ” ネット検索で不安のループに…

  5. 5
    元横綱・白鵬に「伊勢ケ浜部屋移籍案」急浮上で心配な横綱・照ノ富士との壮絶因縁

    元横綱・白鵬に「伊勢ケ浜部屋移籍案」急浮上で心配な横綱・照ノ富士との壮絶因縁

  1. 6
    1場所4人じゃ終わらない…元横綱白鵬の旧宮城野部屋勢“廃業ラッシュ”はこれからだ

    1場所4人じゃ終わらない…元横綱白鵬の旧宮城野部屋勢“廃業ラッシュ”はこれからだ

  2. 7
    石原裕次郎(13)慶応病院に入院…同乗したエレベーターを降りる際に掛けられた言葉

    石原裕次郎(13)慶応病院に入院…同乗したエレベーターを降りる際に掛けられた言葉会員限定記事

  3. 8
    松井稼頭央監督とは対照的…西武“連勝”渡辺監督代行が見せた「芯ある采配」

    松井稼頭央監督とは対照的…西武“連勝”渡辺監督代行が見せた「芯ある采配」

  4. 9
    「天皇になられる方。誰かが注意しないと…」の声も出る悠仁さまの近況

    「天皇になられる方。誰かが注意しないと…」の声も出る悠仁さまの近況

  5. 10
    “超ハイスペ外国人芸人”アイクぬわら 共演未成年少女「自宅連れ込み」で芸能界から退場か

    “超ハイスペ外国人芸人”アイクぬわら 共演未成年少女「自宅連れ込み」で芸能界から退場か