絶妙な配色で描き出すこれからの時間と過去の時間

公開日: 更新日:

「きのう生まれたわけじゃない」

 当たり前の話だが、映画は見た目が肝心。特に色づかいはセンスの良し悪しがはっきり出る。ところが日本の映画はこれが苦手で、映像の色彩設計には目を覆いたくなるものも少なくない。

 それが最近、うれしい出合いがあった。先週末から公開中の映画「きのう生まれたわけじゃない」である。

 都内では単館公開の簡素な作品だが、秋の風景に始まる幕開けからまことに目に心地よい。中学1年生ぐらいとおぼしい、男の子と見まごう短髪の少女。立っているだけで学校にも世間の常識にもなじまない孤高の気配がただよう。その彼女の服、背中のリュック、歩き回る町の風景、町はずれの景色、ことごとくが絶妙の配色で描かれる。

 差し色にあたるのはリュックの橙色。それが黄葉した木々の梢や落ち葉、卵焼きの黄色などと呼応して、ゆっくり深まる秋の眺めに初々しい彩りを添える。

 昼間から公園に集まって酒に興じる老人たちは繰り言ばかり。母親も介護士もギスギスした物言いで、出会った男の子は両親と不仲。まるでいまの日本を象徴するかのような社会風景がぞろぞろ出てくるのに、主人公の少女・七海と彼女を包む絵画的な色づかいのおかげで不快感がない。

 もうひとつの大事な色は青。空の青、海の青、トタン板の青、監督自身が演じる老人のはおったコートの青。それらはおそらく過去の象徴。なくしたものをいまだ忘れかねているような世界の色だ。

 監督の福間健二は詩人で映画批評家で映画作家でもあった。「迷路と青空」(五柳書院 2750円)はこの十数年のエッセーの集成。詩について、映画について、文学についての3部に分かれる。実は福間氏は映画の完成後に病に倒れ、今年春、公開を待たずに亡くなった。本当に後味のよい映画が遺作になったことを、むしろ喜びたいと思う。 <生井英考>

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    今オフ勃発「FA捕手大シャッフル」…侍Jの巨人・大城、SB甲斐を筆頭に中日、阪神も参戦か

    今オフ勃発「FA捕手大シャッフル」…侍Jの巨人・大城、SB甲斐を筆頭に中日、阪神も参戦か

  2. 2
    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  3. 3
    国内男子ツアーの惨状招いた「元凶」…虫食い日程、録画放送、低レベルなコース

    国内男子ツアーの惨状招いた「元凶」…虫食い日程、録画放送、低レベルなコース

  4. 4
    3Aでもボロボロ…藤浪晋太郎の活路を開くのは阪神復帰か? 日本ハム、オリックス移籍か

    3Aでもボロボロ…藤浪晋太郎の活路を開くのは阪神復帰か? 日本ハム、オリックス移籍か

  5. 5
    3人兄妹の末っ子だから年上と遊ぶ機会が多く、彼らと遊ぶだけの体力もあった

    3人兄妹の末っ子だから年上と遊ぶ機会が多く、彼らと遊ぶだけの体力もあった

  1. 6
    “辞めジャニ”野村義男は59歳で現役バリバリ!引く手あまたの秘訣は「第三の道」を歩んだこと

    “辞めジャニ”野村義男は59歳で現役バリバリ!引く手あまたの秘訣は「第三の道」を歩んだこと

  2. 7
    巨人・秋広が今季初昇格も阿部監督「全く期待していない」…のんきな性格がアダで早くも背水の陣

    巨人・秋広が今季初昇格も阿部監督「全く期待していない」…のんきな性格がアダで早くも背水の陣

  3. 8
    阪神・岡田監督が密かに温めていた「藤浪獲得プラン」が消滅していた…

    阪神・岡田監督が密かに温めていた「藤浪獲得プラン」が消滅していた…

  4. 9
    当時日本ハムGMだった山田正雄氏が「この性格はプロでやる上でプラスになる」と確信した決定的瞬間

    当時日本ハムGMだった山田正雄氏が「この性格はプロでやる上でプラスになる」と確信した決定的瞬間

  5. 10
    人間性やスタンスが如実に表れたMLB挑戦時の「西海岸かつ小規模都市」へのこだわり

    人間性やスタンスが如実に表れたMLB挑戦時の「西海岸かつ小規模都市」へのこだわり