アウシュビッツで「死の天使」に仕えた91歳の証言

公開日: 更新日:

「メンゲレと私」

 インタビューに答える人物の上半身を固定カメラで撮り続ける。ニュース映像などでよく見るショットだが、ドキュメンタリーの分野では「おしゃべり頭(トーキングヘッド)インタビュー」などと呼ばれ、退屈な映像の最たるものとされる。だが、現在公開中の映画「メンゲレと私」は退屈なはずのこの映像で見る者を圧倒する。

 語りの主はダニエル・ハノッホ。モノクロームの映像に捉えられた姿は表情に乏しい。91歳という年齢を考えれば不思議ではないが、よどみなく淡々と語られる独白には誰もが言葉を失うだろう。

 リトアニアのユダヤ人少年だった彼は、12歳でアウシュビッツ=ビルケナウ収容所に送られたが、金髪碧眼の美少年だったことで「死の天使」と恐れられたヨーゼフ・メンゲレ医師の目にとまり、来客に披露する「よき見本」として仕えたという。

 本作は「ホロコースト証言シリーズ」として、オーストリアの映像チームが製作した「ゲッベルスと私」「ユダヤ人の私」につづく3作目。ナチスの宣伝相ゲッベルスの秘書だった103歳の女性が語る第1作と、いわば相補うように「加害」と「被害」が交錯する歴史の断面を見せる。彼は虐待下の収容所で人肉食を目撃する一方、メンゲレの前で自分をよりよく見せて生き延びたのである。

 C・ランズマン監督の「ショア」以来、ホロコーストをめぐる証言ドキュメンタリーは多数製作されてきたが、監督のC・クレーネスとF・バイゲンザマーによる本シリーズは、そのひとつの極点ともいえるものだろう。

 メンゲレは戦後姿をくらまし、姓名も変えて南米に逃れ、67歳で没した。オリヴィエ・ゲーズ著「ヨーゼフ・メンゲレの逃亡」(高橋啓訳 東京創元社 1980円)はその間の事情を描く。小説仕立てながら、ほぼ事実そのものの物語だ。 <生井英考>

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    今オフ勃発「FA捕手大シャッフル」…侍Jの巨人・大城、SB甲斐を筆頭に中日、阪神も参戦か

    今オフ勃発「FA捕手大シャッフル」…侍Jの巨人・大城、SB甲斐を筆頭に中日、阪神も参戦か

  2. 2
    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  3. 3
    国内男子ツアーの惨状招いた「元凶」…虫食い日程、録画放送、低レベルなコース

    国内男子ツアーの惨状招いた「元凶」…虫食い日程、録画放送、低レベルなコース

  4. 4
    3Aでもボロボロ…藤浪晋太郎の活路を開くのは阪神復帰か? 日本ハム、オリックス移籍か

    3Aでもボロボロ…藤浪晋太郎の活路を開くのは阪神復帰か? 日本ハム、オリックス移籍か

  5. 5
    3人兄妹の末っ子だから年上と遊ぶ機会が多く、彼らと遊ぶだけの体力もあった

    3人兄妹の末っ子だから年上と遊ぶ機会が多く、彼らと遊ぶだけの体力もあった

  1. 6
    “辞めジャニ”野村義男は59歳で現役バリバリ!引く手あまたの秘訣は「第三の道」を歩んだこと

    “辞めジャニ”野村義男は59歳で現役バリバリ!引く手あまたの秘訣は「第三の道」を歩んだこと

  2. 7
    巨人・秋広が今季初昇格も阿部監督「全く期待していない」…のんきな性格がアダで早くも背水の陣

    巨人・秋広が今季初昇格も阿部監督「全く期待していない」…のんきな性格がアダで早くも背水の陣

  3. 8
    阪神・岡田監督が密かに温めていた「藤浪獲得プラン」が消滅していた…

    阪神・岡田監督が密かに温めていた「藤浪獲得プラン」が消滅していた…

  4. 9
    当時日本ハムGMだった山田正雄氏が「この性格はプロでやる上でプラスになる」と確信した決定的瞬間

    当時日本ハムGMだった山田正雄氏が「この性格はプロでやる上でプラスになる」と確信した決定的瞬間

  5. 10
    人間性やスタンスが如実に表れたMLB挑戦時の「西海岸かつ小規模都市」へのこだわり

    人間性やスタンスが如実に表れたMLB挑戦時の「西海岸かつ小規模都市」へのこだわり