【柔道】ニッポン柔道メダルラッシュまでの紆余曲折 海外勢が羨む「地の利」と緻密戦略

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 柔道のメダルラッシュが止まらない。

 29日、柔道男子100キロ級のウルフアロン(25)、女子78キロ級の浜田尚里(30)が揃って金メダルを手にした。これで男女合わせて競技初日から6日連続8個目の金メダル。早くも過去最多の2004年アテネに並んだ。

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「自国開催で過去最多のメダルは確実」

■懸念されていた調整遅れ

 五輪開幕前から「日本のお家芸」である柔道の躍進が予想されてはいた。米国のデータ会社・グレースノートは、日本は金26、銀20、銅14の計60個のメダルを獲得すると予測。競技別では柔道が最多の金7個としていた。すでに予想を上回る数のメダルを獲得しているわけだが、さる柔道関係者はこう明かす。

「新型コロナによる調整遅れを懸念する声もありました。柔道はコンタクトスポーツだけに、野球やサッカーなど他競技と比べてコロナ対策が非常に厳しい。全柔連の方針により、各都道府県レベルの大学、高校などの部活動においても、競技者、関係者のコロナ感染者をゼロにするという指針を立てた。高校野球の地方大会が有観客開催される中、全国大会はもちろん、家族さえ観戦できない自治体もあります」

全柔連事務局クラスターで厳重対策

 昨年のコロナによる活動休止期間も他競技と比べて長かった。ウルフは、全柔連会長を兼務するJOCの山下泰裕会長と同じ東海大OBで同大学を練習拠点にしているが、その東海大は昨年4月から5カ月半もの間、活動を停止した。

 練習再開後はしばらくの間、練習中のマスク着用を義務化。対人練習は禁止され、一人でできる受け身などの練習に限定された。五輪代表選手が乱取りをできるようになったのは夏場だった。全国、地方大会は相次いで中止となり、実戦の機会も限られた。世界では昨年10月に国際大会が再開されたものの、日本代表の海外遠征は今年1月のマスターズ大会(ドーハ)までズレ込んだ。

 前出の関係者は「海外勢の調整が進んでいることに焦りを感じる選手、関係者は少なくありませんでした」とこう続ける。

「全柔連が厳重なコロナ対策を取ったのは、昨年4月に起きた全柔連事務局(東京・講道館)のクラスターが原因との声もある。事務局に常勤する39人のうち、専務理事ら19人が感染。管理体制が問題視されました」

 事務局の業務が事実上、休止状態になった影響は、代表選考にも及んだ。阿部一二三が金メダルを獲得した男子66キロ級の選考が昨年末に延期されただけでなく、すでに内定していた13人の代表選手を巡っても、全柔連の一部の理事から内定白紙を求める声が上がるなど紛糾した。男子60キロ級で金メダルを獲得した高藤直寿は当時、自身のツイッターにこう記していた。

「代表選考やり直しとかなったら流石に無理だろ。単純に一度決まった選手と決めれなかった選手が試合するのはメンタル面でアンフェアだし。先に内定もらったのが不利になるのはおかしい」

 結果的に13選手の内定は維持されたが、日本勢はこうしたドタバタを乗り越え、メダル量産につなげた。

 柔道ジャーナリストの木村秀和氏は、「まだ試合は残っていますが、選手はよくやっていると思います」とこう続ける。

「技術面では、特に女子が得意の寝技に持ち込めたことも大きい。寝技に入った際、審判がその動きをじっくりと見た上で、安易に『待て』をかけないと意思統一しているように見えます。地の利も生かしてます。暑くて湿度の高い気候は特に、冬の南半球から来た選手たちが苦慮しています」

■各選手には専属コーチと「付き人」が

 シドニー五輪金メダリストで男子を率いる井上康生監督は30歳で引退後、JOCのスポーツ指導者海外研修員として2年間、スコットランドへ留学した。データなども駆使しながら選手の自主性を重んじ、密なコミュニケーションを図っている。

「自ら率先してグイグイ引っ張るタイプではないが、研究熱心でいろんな人の話を聞いて、調和を図ることにたけている監督です」(木村氏)

 ただ木村氏は、コロナ禍による調整の影響については、「たしかにそれはあったでしょうが……」と、こう指摘する。

「やはり日本の選手は海外勢よりも練習環境に恵まれています。練習場所や練習相手には事欠かないし、男子・井上監督、女子・増地監督の下、各階級別に担当コーチ制を敷いている。コーチが練習にも顔を出すなど密な連携を取っている。1階級に1人のコーチがついている国は日本くらいのもの。しかも各選手には『付き人』がいて、洗濯や買い出しなど身の回りの世話をしてくれるのだから、なおさらです」

 勝って当たり前の重圧をはねのけてのメダル取りは立派だが、海外勢が羨む環境も、快進撃を後押ししているようだ。

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