西部警察世代がとっておき「裕次郎映画」ベスト5を語る<3>
「赤いハンカチ」(1964年1月公開)舛田利雄監督
1960年代生まれで裕次郎の日活時代はリアルタイムでは知らない。そんな佐藤利明氏と中川右介氏は「太陽にほえろ!」で裕次郎と出会い、「西部警察」に興奮した世代である。両氏が選ぶ裕次郎映画ベスト5の3回目は――。
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中川 「赤いハンカチ」は、裕次郎映画を最も多く、25作、監督した舛田利雄監督の作品です。
佐藤 「錆びたナイフ」(1958年)、「赤い波止場」(同)、「花と竜」(62年)なとど、裕次郎さん・舛田監督のコンビは名作が多いですね。
中川 佐藤さんは「赤い波止場」のほうが好きかもしれませんが、「赤いハンカチ」を選ばせていただきました。
佐藤 「赤い波止場」で裕次郎さんが演じたのは、殺し屋で逃亡者。本格的なアウトローを演じたのはこれが最初。「太陽族の青年」を、現実には存在しない「職業的殺し屋」にすることでアクション映画のイメージを広げました。そして「赤いハンカチ」は、石原プロモーションを立ち上げ、30代を迎える裕次郎さんの円熟の魅力を引き出したロマンチシズムあふれる名作です。
かつて宍戸錠さんと「日活アクションのベストは何か?」という談議をしたときに、迷わずベストとして挙がったのがこの「赤いハンカチ」なんです。舞台となる港町・横浜のムード、主人公をめぐる過去のドラマ、浅丘ルリ子と裕次郎のロマンチシズム。それぞれの要素が巧みに絡み合って、深い情感をたたえた傑作。
中川 主題曲も有名ですが、映画に関係なく、先に「赤いハンカチ」という曲が作られて大ヒットして、それじゃあっていうので、映画も作られたんですね。
■「歌謡映画」ビジネス
佐藤 当時、ヒットした歌謡曲を、その歌詞や雰囲気を原作にした映画がよく作られていました。その一本でもあります。今では分かりにくいかもしれませんが、レコード歌手・裕次郎さんのヒット曲をモチーフにした「歌謡映画」と、映画のために作られた挿入歌を歌う作品は、クルマの両輪のように作られていました。ヒット曲から映画が作られ、映画からヒット曲が生まれる。レコード会社と映画会社の蜜月時代でもあります。
中川 舛田監督作品のなかでも、屈指の名作。ミステリーとしてもよくできていますね。
佐藤 歌謡曲から、これだけの映画を作ってしまう舛田監督の豪腕、すばらしい。
中川 相手役は浅丘ルリ子、敵役は二谷英明。のちに「夜霧よ今夜も有難う」(67年)に連なる、まるで洋画のようなムーディーなアクションです。このどちらも、甲乙つけ難い。
佐藤 「赤いハンカチ」を傑作たらしめているのは上質のミステリーということだけではなく、裕次郎、ルリ子、二谷をめぐる三角関係のメロドラマであり、さらには主人公が自己回復のため、失った時間を取り戻すために孤独な戦いを続けるドラマでもあるからです。
中川 アクションと、ミステリーの要素もふんだんにありますが、本質的にはメロドラマ。4年の歳月が流れていますが、浅丘ルリ子がその時間の変化を見事に演じわけています。最初に見たのは大学時代で「女って、変わるんだな」と、学習しました。
佐藤 「失われた4年間」を取り戻そうとする裕次郎と、現在を生きるルリ子。やがて、4年前の事件が明かされる、その謎解きの面白さもさることながら、ドラマの決着が見事でしたね。全てが終わっても、2人は再び結ばれることはない。孤独の影を引きずりながら、裕次郎さんが去って行くラストショットの哀切さ。
■「第三の男」がモチーフに
中川 あの並木道を含めて、全体に、キャロル・リード監督の「第三の男」が見え隠れします。音楽の使い方も似ているし。
佐藤 そこがいいんですよ(笑い)。音楽を担当したのは、ラテンギターの名手・伊部晴美さん。ニヒリストになっている旧友。そしてラストの並木道。「第三の男」です。裕次郎=ジョセフ・コットン、二谷=オーソン・ウェルズ、ルリ子=アリダ・ヴァリ、金子信雄=バーナード・リー。この本歌取りは、映画のムードをより高めてくれるんです。日活映画に限らず、昔の日本映画って、外国映画をモチーフにしたものが多いんです。
裕次郎映画では、「赤い波止場」は「望郷」、「銀座の恋の物語」は「巴里のアメリカ人」だし、「夜霧よ今夜も有難う」は「カサブランカ」。分かって作り、分かって見る。「裕次郎とルリ子」をまるで洋画のスターのように仰ぎ見ることができる。まさに“国産洋画”だったのです。このイメージと、裕次郎さんの歌うムーディーな主題歌が相まって、映画では「ムードアクション」、歌では「ムード歌謡」が花開き、裕次郎さんの歌でいうと、のちの「ブランデーグラス」のイメージへとつながっていくのです。
中川 「銀座の恋の物語」(62年)の人物設定はオペラの「ラ・ボエーム」ですよ。ミュージカル「レント」の原作にもなりました。
佐藤 デュエットソングの定番“銀恋”が大ヒットしたので、それを映画にしようという企画に、脚本の山田信夫、蔵原惟繕監督がロマンチシズムあふれるドラマを作ったのですが、もちろん「ラ・ボエーム」は念頭にあったと思いますし、芸術家の卵たちのビジュアルはミュージカル映画「巴里のアメリカ人」(51年)にインスパイアされています。ただの歌謡映画じゃないんです。
(つづく)
▽佐藤 利明(さとう・としあき)
1963年生まれ。構成作家・ラジオパーソナリティー。娯楽映画研究家。2015年文化放送特別賞受賞。著書に「クレイジー音楽大全 クレイジーキャッツ・サウンド・クロニクル」(シンコーミュージック)、「植木等ショー!クレージーTV大全」(洋泉社)、「寅さんのことば 風の吹くまま 気の向くまま」(中日新聞社)など。
▽中川右介(なかがわ・ゆうすけ)
1960年生まれ、早大第二文学部卒業。出版社「アルファベータ」代表取締役編集長を経て、歴史に新しい光をあてる独自の執筆スタイルでクラシック音楽、歌舞伎、映画など幅広い分野で執筆活動を行っている。近著は「手塚治虫とトキワ荘」(集英社)、「1968年」(朝日新書)など。