中信達彦氏が予想する2024年の物価と値上げ 「労働者は強くベアゼロ時代には戻らない」

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それでも止まらないマイナス賃金

 ──24年の展望ですが、物価はどうですか。

 物価上昇は減速していく一方で、2%を上回る高いインフレ率は続くとみています。

 ──減速の要因は?

 足元の原油価格等は落ち着いています。これまでのインフレの主役だったエネルギーや食料品などの上昇幅は徐々に減退するとみられます。

 ──注目点は?

 サービス価格、つまり、人件費の価格転嫁が進むのかが正念場です。24年のメインシナリオは、サービス価格の上昇はそれほど大きなものにはならず、インフレが減速すると考えますが、サブシナリオとして、サービス価格がどんどん上がる可能性もゼロではない。日銀が掲げる賃金上昇を伴う2%物価目標をクリアできる環境も考えられます。賃上げには追い風になりますが、24年は限定的でしょう。

 ──24年春闘の賃上げ率はどうですか。

 メインシナリオを前提に3.8%(厚労省「民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況」ベース)。23年の3.6%より微増すると予測しています。ただし、定期昇給分を除くベースアップ分に換算すると、2.0%程度となり、2%を上回るインフレ率に相殺されてしまいます。実質賃金のマイナスは当面継続する可能性が高い。

 ──3.8%は主に大企業ですよね。中小企業はどうですか。東京商工リサーチが実施した24年春闘に関する調査(23年12月1~11日実施)によると、「23年を超えそう」は11.6%にとどまり、「23年を下回りそう」は19.7%に上りました。回答した企業の9割を中小が占める調査です。

 すでに高い賃上げ率を掲げる大企業が相次いでいます。一方で人手不足は23年以上に深刻化している。23年同様、中小企業もやりくりをして賃上げをせざるを得ない状況になる可能性が高いとみています。

 ──原資確保が不十分な中、2年連続の賃上げに耐えられるのでしょうか。

 賃上げができず、人手不足で業務継続が困難となるケースや、何とか賃上げしたが業績が好転せず、資金繰りが厳しくなるケースが増加するリスクがあります。

 ──大企業を中心に23年、24年と高い賃上げ率が続くとして、その先はどうですか。

 先行きの賃上げ率は徐々に減衰するとみています。

 ──どうしてですか。

 日本経済は引き続き個人消費が弱いとみているからです。対照的に米国では需要が旺盛で、賃金も物価もともに上がる状況となっていました。

 ──なぜ、日米で百八十度違うのですか。

 例えば、米国はコロナ禍の超過貯蓄をどんどん使いました。日本はそれほど使わないうちに、物価が上昇し、貯蓄は目減りしてしまった。消費に対するマインドが違うのです。

■活路は省力化投資

 ──賃上げも米国は強烈です。連合の「5%以上」がかわいく見えます。

 雇用慣行による違いが大きい。日本のメンバーシップ型と米国のジョブ型。日本では会社で働いている人自身の評価で賃金が決まります。会社にどれだけ貢献し、在籍したか。一方、米国は仕事に値段がつく。ですから、自分の仕事を高く評価してくれる他社があれば、躊躇なく移籍します。当然、その人の賃金は上昇していくわけです。

 ──中小企業に勤める友人が、より賃金の高い転職先がありながら、今の会社から「事業継続のために賃下げをのんでくれ」と泣きつかれ、残留を決めました。

 日本もいずれ米国的になっていくと考えています。大企業を中心にジョブ型の雇用形態が徐々に増えてきた。それに、労使の力関係も変化しつつあるとみられます。

 ──と言いますと。

 2000年代から2010年代までは、女性や高齢者の労働参加が増え、かつ非正規労働者も拡大する中で、企業は賃金を大幅に上げず、人手を確保できた時代だった。これからは、女性や高齢者の追加的な労働参加は頭打ちで、2030年には700万人の人手不足が予想されます。労働者や組合は強い賃金交渉ができる。労働者が強い立場になる時代が来つつあるのです。

 ──もっと、大きな顔をしていいわけですね。賃下げするなら、他へ行くよと。

 労働者の立場が強くなることで、ベアゼロ時代には戻らないと思います。

 ──GAFAMのような世界を席巻する企業は日本には見当たらない。産業衰退が顕著です。

 長引く不況で、20年以上、企業は過剰な投資を避け、積極的な研究開発、設備投資、不動産投資を手控えてきた。その結果、画期的な商品開発ができず、新しい付加価値を生み出せなくなったと考えられます。

 ──活路はありますか。

 人手が少なくなりますから、省力化投資が絶対的に必要であり、重要になってきます。

 ──省力化は効率化の話で、新製品開発への積極的な投資には見えない。

 人口が減少する中、労働力も資金も潤沢だった高度成長の時のような高成長は難しいでしょう。しかし、省力化を皮切りに、企業の投資マインドが積極化し、画期的な商品を生む研究開発や、設備投資といった姿勢に転じられる可能性はあると思われます。過去、1980年代ごろまでの経済成長も、日本企業は生産効率を向上させること等で新しい付加価値を生み出してきました。省力化のような工夫は、日本は得意です。そこに、将来的にも期待が持てると思っています。

(聞き手=生田修平/日刊ゲンダイ)

▽中信達彦(なかのぶ・たつひこ)1998年、埼玉県生まれ。2019年まで1年間、フィンランドのユヴァスキュラ大へ留学。早大政経学部国際政治経済学科卒。21年にみずほリサーチ&テクノロジーズに入社。日本のマクロ経済分析(消費・雇用・企業)を担当。共著に「経済がわかる論点50 2023」(東洋経済新報社)。

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