「神と黒蟹県」絲山秋子著

公開日: 更新日:

「神と黒蟹県」絲山秋子著

 3市4町2村を擁する黒蟹県という架空の土地を舞台に紡ぐ8編から成る連作短編集。そこに住まう人々と地域の関係を、人と神様の視点で交互に描いていく。

「忸怩たる神」で描かれるのは、灯籠寺市。主人公は中年男の姿で暮らす神で、蕎麦屋の常連でもある。神といっても半知半能で、味オンチときている。

 ある日、神は蕎麦屋の息子でヤンキーの蓮翔(れんと)の車に乗せてもらい「星字峡(せいじきょう)」という渓谷を見に行く。途中、蓮翔から灯籠寺市のきんつばファンと紫苑市(しおんし)の落雁ファンが何百年にもわたって対立していることや、入り口がない異世界コンビニなど地元情報を教えてもらい、「何でも知っているつもりでいたが、今日は分からないことばかりだった」「俺は無知なる者だ」と忸怩たる思いになる。

 人事異動で県外から紫苑市に転勤になった女性、地元テレビ出演のために訪れたミュージシャンなど、1話ずつは独立しているが緩やかにつながりながら、最終章「神と提灯行列」へと進んでいく。姿形を変えながら黒蟹県で過ごしてきた神は、時に人間を気の毒に思うが、一方でいじましさに気が付く。

 人々の限りある人生の「かけがえのない日々」へのいとおしさが、神のまなざしから浮かび上がってくる。

(文藝春秋 1980円)

【連載】木曜日は夜ふかし本

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    3Aでもボロボロ…藤浪晋太郎の活路を開くのは阪神復帰か? 日本ハム、オリックス移籍か

    3Aでもボロボロ…藤浪晋太郎の活路を開くのは阪神復帰か? 日本ハム、オリックス移籍か

  2. 2
    本来は「9月左翼構想」だが…大谷が打てば打つほど手術明けの外野守備は前倒しの気配

    本来は「9月左翼構想」だが…大谷が打てば打つほど手術明けの外野守備は前倒しの気配

  3. 3
    訪日客狙い“奥日光2泊3日400万円ツアー”のアテが外れた理由

    訪日客狙い“奥日光2泊3日400万円ツアー”のアテが外れた理由

  4. 4
    「いまだに、ああいうスタンスは何なのだろうと…」当時の山田GMが首をひねった図太い神経

    「いまだに、ああいうスタンスは何なのだろうと…」当時の山田GMが首をひねった図太い神経

  5. 5
    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  1. 6
    真美子夫人も共同オーナーに? 大谷「25億円別荘購入」の次は女子プロバスケチーム買収か

    真美子夫人も共同オーナーに? 大谷「25億円別荘購入」の次は女子プロバスケチーム買収か

  2. 7
    大谷「DH独占」打ちまくり、週間MVPも…他の野手を休ませられないロバーツ監督のジレンマ

    大谷「DH独占」打ちまくり、週間MVPも…他の野手を休ませられないロバーツ監督のジレンマ

  3. 8
    3人兄妹の末っ子だから年上と遊ぶ機会が多く、彼らと遊ぶだけの体力もあった

    3人兄妹の末っ子だから年上と遊ぶ機会が多く、彼らと遊ぶだけの体力もあった

  4. 9
    東山紀之社長の鉄面皮「SMILE-UP.」の体質は旧態依然…進まぬ被害者補償に批判と失望

    東山紀之社長の鉄面皮「SMILE-UP.」の体質は旧態依然…進まぬ被害者補償に批判と失望

  5. 10
    当時日本ハムGMだった山田正雄氏が「この性格はプロでやる上でプラスになる」と確信した決定的瞬間

    当時日本ハムGMだった山田正雄氏が「この性格はプロでやる上でプラスになる」と確信した決定的瞬間