五木寛之 流されゆく日々
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連載11624回 90歳の先の風景 <2>
(昨日のつづき) <90歳の壁>という表現は、まだない。せいぜいが<60歳の壁><70歳の壁>、思いきって、<80歳の壁>ぐらいのものだ。 不肖、私は昨年の秋、<90歳の壁>を超えた。超えた、と…
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連載11623回 90歳の壁の先の風景 <1>
黒井千次さんの『老いのゆくえ』(中公新書二五四八)という本を読んだ。 私は年寄りの書いた本を読むのは、あまり好きではない。自分より年下の人が書いた老人本となるとなおさらである。 そんな私が黒…
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連載11622回 随筆と雑文の間に ─新刊「新・地図のない旅」について─ <5>
(昨日のつづき) 一時期、書くものの内容に応じて、原稿の文字を変えてみたことがあった。 小説、評論、雑文、その他、それぞれ字体を変えて書いてみたのだ。 小説はフラット、エッセイは右上り、雑…
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連載11621回 随筆と雑文の間に ─新刊「新・地図のない旅」について─ <4>
(昨日のつづき) こんどのエッセイ集の見本本を眺めて、ある編集者が、 「五木さんは旅の随筆が多いですね。『にっぽん漂流』とか、『百寺巡礼』とか。こんどの本で旅モノは何冊目ですか」 と、きかれ…
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連載11620回 随筆と雑文の間に ─新刊「新・地図のない旅」について─ <3>
(昨日のつづき) 私は自分を航海者とは思っていない。 航海者には海図があるはずだ。星座を見て位置を測定する技術もある。漂流者には、それがない。潮の流れと風向き次第で、どこへ流れつくか予測するこ…
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連載11619回 随筆と雑文の間に ─新刊「新・地図のない旅」について─ <2>
(昨日のつづき) 私の生涯は、ほとんど旅の連続であると言っていいだろう。 それも<地図のない旅>である。 <地図のない旅>とは、計画どおりにはいかない偶然の旅、不可抗力の旅、ということだ。 …
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連載11618回 随筆と雑文の間に ─新刊「新・地図のない旅」について─ <1>
エッセイというには気品がないし、随筆というには教養に欠ける。 そういう短い文章を半世紀以上ずっと書き続けてきた。まあ、言ってみれば雑文である。 とるにたらない日常の些事から、日頃の不平不満ま…
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連載11617回 深夜の時代の終り <5>
(昨日のつづき) 昔、『夜のドンキホーテ』という小説を書いたことがあった。 老人がバイクをぶっ飛ばして深夜に疾走する話である。 私は60代半ばでクルマの運転をリタイアしたが、気持ちはその老…
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連載11616回 深夜の時代の終り <4>
(昨日のつづき) このコラムの冒頭に<昨日のつづき>という言葉が置かれている。 この短いコピーに、思わずニヤリと苦笑なさる旧世代の読者が、はたして何人おられるだろうか。 かつて深夜のラジオ…
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連載11615回 深夜の時代の終り <3>
(昨日のつづき) コロナが、5類に格上げだか格下げだかになるという。よくわからないが、普通のインフルエンザ並みに扱うということだろうか。 テレビでは、居酒屋やレストランなどのテーブルのアクリル…
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連載11614回 深夜の時代の終り <2>
(昨日のつづき) 東京の夜が異様な輝きに満ちはじめていたのは、いつ頃からのことだろうか。 1950年代の東京の夜は、赤坂の豪華なナイトクラブとか、銀座のバー、新宿の飲み屋街や深夜喫茶、中央線沿…
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連載11613回 深夜の時代の終り <1>
朝寝、夜更かしの生活が、コロナの蔓延とともに変ったことは何度も書いた。 仕事でやむをえない時以外は、夕方に起きて明け方に眠りにつく日常だったのである。 作家生活をはじめてからは、それがますま…
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連載11612回 人工知能と会話する日
このところ<対話型人工知能>のニュースが、しきりにジャーナリズムをにぎわせている。<チャットGPT>とかいう画期的なAIらしい。 おおかたの関連記事を眺めただけでも、これはタダモノではないという…
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連載11611回 暗愁のゆくえ <5>
(昨日のつづき) いま、ロシアについて語ることは、きわめて困難な状況にあると言っていいだろう。 それは19世紀ロシア文学に象徴されるロシアへの深い共感と、現在のロシアの政治的行動への強い反撥と…
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連載11610回 暗愁のゆくえ <4>
(昨日のつづき) 井筒俊彦氏の『ロシア的人間』が弘文堂から刊行されたのは1953年の2月である。私がまだ大学1年生の頃だ。 しかし実際に執筆にかかったのは、それより5年ほど前のことだったという…
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連載11609回 暗愁のゆくえ <3>
(昨日のつづき) 『ロシア的人間』の著者である故・井筒俊彦氏の半世紀前の言葉は、まさにロシアがウクライナに侵攻し世界を震撼させた近年の現状を予告しているかのようだ。 そして誰もがロシアについて語…
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連載11608回 暗愁のゆくえ <2>
(昨日のつづき) 書評というのは難しい仕事だ。作品によりそって説明しなければならない。自分の意見も述べなければならない。そしてその上、まだ未読の読者にぜひその本を読んでみたいという気持ちをおこさせ…
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連載11607回 暗愁のゆくえ <1>
暗愁、という言葉がある。故・小島憲之さんの『ことばの重み』(新潮新書)の中で丹念に説明されているが、どうやら古代に中国からさまざまな文物にまぎれこんで渡来したものらしい。 哀愁でも、旅愁でも、郷…
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連載11606回 歩くための技法 <5>
(昨日のつづき) 歳をとると、どうしても姿勢が悪くなる。前かがみになって、小股でチョコチョコ歩きになりがちなのだ。 歩く姿勢を良くするにはどうすればいいか。やたらと胸を張ってシャチこばったとこ…
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連載11605回 歩くための技法 <4>
(昨日のつづき) いろんな解説書に、歩き方の基本としてこんなことが説かれている。 <足の運びは、踏みだした足を踵から着地するのが基本> 要するにスリ足はいけない、というわけだ。前方に振り出し…