もっと知ろうよ船橋ケイバ「こんなにいっぱいあった船橋ケイバの『日本初』と『一番』」
来週はいよいよ今年最後の船橋ケイバが行われる。29日(月)から12月3日(金)までで、開催のメインは1日の牝馬重賞、クイーン賞(JpnⅢ)である。
さて、船橋ケイバといえば何といっても、3日(水・祝)に金沢競馬場で行われたJBCクラシック。矢野義幸厩舎のミューチャリーがJRAのオメガパフュームに半馬身差での勝利。創設21回目にして、初めて地方馬がJBCクラシックを制した。
2004年には当時3歳のアジュディミツオーが果敢に挑戦し、アドマイヤドンの4分の3馬身差②着。07年にはフリオーソがヴァーミリアンの②着。ただ、差は4馬身もあった。
フリオーソは10年にも②着しているが、逃げ切ったスマートファルコンは7馬身も前に。船橋ケイバが誇る歴代の名馬でも、当時のJRA最強馬には勝てなかった。それだけに、この勝利の意味は大きい。
さて、フリオーソはさまざまな記録を保持しているのは、以前にこのコラムで紹介した。
生涯獲得賞金は8億4544万6000円、NARグランプリの年度代表馬4回、7年連続表彰はそれぞれ地方競馬最多。GⅠ・JpnⅠでの連対数17、②着11回は日本最多だ。もちろん、いまだにどれも破られてはいない。
また、前記アジュディミツオーは4歳時の05年にドバイワールドCに出走。地方競馬では初めてのことだ。同年の暮れには東京大賞典に勝利して連覇を達成。これも史上初の快挙だった。
他にも船橋ケイバには“日本初”や“一番”がいっぱいある。
以前にもご紹介したのは地上波のテレビ放送。1953年11月27日、日本テレビが船橋を中継。これは地方競馬としては初のテレビ放送だ。
03年に「ダーレー・ジャパン・レーシング」が馬主として初の日本進出を果たしたのもこの船橋競馬場だった。
記録面でいえば、今でこそダート千八の日本レコードは1分47秒6(JRAのスマハマが中京で19年7月14日に記録)だが、日本初の1分47秒台が出たのは08年の船橋。そう、日テレ盃でボンネビルレコードが記録した1分47秒8だ。
現在、地方競馬のトップに君臨している森泰斗騎手も船橋所属なら、1年間にJpnⅠ競走を4勝もした(川崎記念、かしわ記念=カジノフォンテン、ジャパンダートダービー=キャッスルトップ、JBCクラシック=ミューチャリー)のも、地方としては空前絶後の記録。
馬、ジョッキーともトップレベルの船橋ケイバに、これからも注目してほしい。
■外部リンク 船橋ケイバ 公式サイト