うわなり合戦
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(20)お勝の頰が雛鳥のように膨らむ
お勝は漬物を小皿に盛りながら、静かに口を開く。 「先日、あなたにはつべこべと申してしまいましたが、私はうわなり打ちの仲人が嫌ではないのです。私はできるだけ多くの女子のうわなり打ちに関わって、で…
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(19)男は加わっちゃあいけない
一発拳骨ぐらい入れてやりたいところだが、権之助はぐうと我慢をする。己は決して手を出してはならない。ここは女子の戦場。うわなり打ちの最中だ。 「あなたの朝顔道楽に異を立てるわけではございません。…
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(18)赤ん坊のばばが欲しくて離縁
「てめえが言ったんじゃねえか。うわなり打ちをおこなう場所が変わったってよぉ。いきなり昨日の夜現れて、あたしにそう言ってくるから、あたしは夜通しで実家に預けておいた鉢をこっちの家に移し替えたんだぞ」 …
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(17)うるせえ、どの鉢を割りやがった
やアッとお佐那が仕掛けておりょうも応じ、打ち合いは暫く続くが、素人の打ち合いでは決定打となる責めなんぞ出やしない。口での責めに転じるのは、これまで請け負ってきたうわなり打ちと同じ流れで、お勝の狙い通…
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(16)総大将同士の一騎打ち
女同士の戦なんてものは見せ物だ。 どこで聞きつけてきたのか、集まった見物衆は道なりに人垣を作り、その人垣相手に棒手振りたちが白酒やら蒲焼やらを売り歩いている。普段は芝居小屋の中で客に菓子を売…
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(15)うわなりは女だからできる戦
女子らは老いも若いも皆、くくり袴を履いての襷掛け、しかしその着物の色は取り取りで、髪も勝田髷にふくら雀、一つ括りと様々だ。髪に合わせて帽子を載せるや鉢巻を巻くや、紅白粉もべったりだ。今から打ち入ると…
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(14)女には女なりの戦い方がある
権之助の二親は子のいないことでお勝を責め立てた。権之助の母親は病に冒され死ぬ間際、お勝一人を病床に呼んだ。何を話したのか権之助は知らぬ。父も母も死んだのち、お勝に病床での話の中身を聞いたことがある。…
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(13)果たしてお佐那に勝ち目はあるか
家に戻るその帰り道、権之助らは茶屋に入った。甘味が好きなお勝は団子を頼むが、権之助はどうにもその気になれない。湯呑みを口に運ぶ手も時折止まる。 あの後妻を相手取り、果たしてお佐那に勝ち目はあ…
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(12)三味線の手入れの間 赤子を預け
私が抱いていようかと、そう聞かれた。 何をと一瞬頭を巡らせたが、そんなもの己の腕の中にいる赤子しかない。 稽古をつけに次の家へと向かう道中、三味線の糸が切れているのに気づき、近くの茶…
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(11)子供と一緒に待っているよ
「清九郎さん、後日にうわなり打ちがおこなわれるそうですよ」 体を捻って話しかけるおりょうに、男、清九郎は「うわなり打ち?」と聞き返しながら、おりょうの隣にすとんと腰を下ろす。 「うわなり…
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(10)やはりこの後妻は一枚上手
「さて、先ほど玄関先で聞いたお話では、お二方はうわなり打ちの遣いでいらっしゃるとのことでございましたが」 おりょうに話しかけられまごついたが、「ええ」と返すのは隣のお勝だ。その手元の皿上の饅頭…
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(9)首筋の後毛に色気が匂う
権之助はお佐那が己の心を晴らすよりも、お佐那のこれから先のことの方が心配でならぬ。 「あれは一時沸いただけの怒りでやるものじゃあない。ともに襲ってくれる人間を集めんのもそう簡単じゃあねえだろう…
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(8)清九郎の隣には女と赤子が
家に入ってお人柄ががらりと変わるなんてこともなくお優しいままで、己の好物を夕餉に毎日所望するその子ども振りもお可愛らしい。気に入れば一直線のこの性分のおかげで、己は清九郎に通ってもらえたのだと思うと…
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(7)茶屋に通い続けた清九郎と縁付き
「私は女子の覚悟というものを侮っていたのです。もちろん時折素見もおりましたが、ほとんど皆が真剣そのもの。仲人の名前なんていう験を担いでしまうほど」 うわなり打ちに勝敗はない。だが、あたしはこの…
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(6)打ち止めの合図も仲人が決める
見やると、お佐那はうんうん頷いているから、ひとまずほっと息をつく。この条件が外れていれば、そもそもうわなり打ちが成立しない。 「二に、襲う先妻側、応える後妻側、ともにすべて女子であること。男は…
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(5)「吾妻橋」にうわなり打ちの記述
「ですが、派手さを抜けば、読売に書かれているのは本当の話。うわなり打ちは男が加わることが禁じられております」 「そうなのですか」言って、お佐那はおろおろとし始める。「私、近所の煮売り屋さんに声を…
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(4)振り上げる武器は土鍋、心張り棒
「真面目さ。真面目だったさ。それでも俺にゃあ無理だった。お前だって見ていたじゃないか」 以前までは、うわなり打ちの仲人役は権之助に依頼がいくことが多かった。神田の権之助といったら八町も束ねる名…
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(3)お勝様にお願いに参った次第
咄嗟に叫んで、口をつぐんだ。吊り上がったお勝の笑みに、権之助の長くもない背筋が伸びる。 「はて。それではどちらで腹を膨らませて来らしゃった?」 尋常では聞くことのないお勝のほの高い声に…
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(2)己の女房を侮ってはいけません
下り醤油がほの香るため息を吐き出せば、あらと目の前の女房の箸が止まった。 「そんなことくらいとはお言葉でございますね」 女にしては低めの声とともに真っ直ぐ眼光が差し込んできて、ああ、権…
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(1)女雛というより随身武者に成長
己の名前が変わったことなんて、別条気にしちゃおりません。 それどころか、むしろ気に入っているのだとお勝は言う。 もちろん生まれた際には、きちんと名前をつけてもらっている。江戸も浅草の…