ドクター・デスの再臨
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<40>住民の多くが防犯カメラを設置
いっときでも俳優を目指していた者なら、最後の瞬間まで輝いていたかった岸真理恵の気持ちは痛いほど理解できるだろう。真理恵本人が語らずとも、この状況を考えれば犬養の解釈が一番妥当に思える。 「遺書…
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<39>遺書が真書であることは間違いない
JKリーグ。 二つ目の事件でようやく犯人らしき人物の名前が浮上したか。 「変な名前ですね」 犬養の肩越しに遺書を覗き込んでいた明日香は腑に落ちない様子だった。 「今どき、…
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<38>嘱託殺人を擬装した可能性も
「御厨検視官も岸真理恵のファンでしたか」 「ファンと言えるほど大層なもんじゃない。しかし大作映画にはちょいちょい出ていただろう。CMにはあまり出ていなかったと思うが、誰しもが認める大女優だ。そん…
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<37>死に顔すら映画のひとコマのよう
〈2〉 往年の大女優、岸真理恵の亡骸が自宅で発見されたのは三月三十日午前九時のことだった。契約していた家事代行サービスの蒲倉峰子が訪問したところ玄関の鍵が開錠されたままになっており、不注意だな…
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<36>人にはそれぞれに相応しい死が
真理恵のように不治の病を抱えている人間で安楽死という言葉を知らぬ者はいないだろう。禁断の、そして魅惑的な文章が続く。 『少し前に〈ドクター・デス〉を名乗る医療従事者が安楽死を望む患者さんに安ら…
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<35>仮想空間でのやり取りはゲーム感覚
何かのインチキ商法かと最初は警戒心を全開にしていたが、続く内容を読んでいるとまるで真理恵がパーキンソン病であるのを知っているかのような記述が随所に見られる。巷に溢れるインチキ商法の呼び込みは甘言で埋…
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<34>難病でお困りではありませんか?
認知症対策のために真理恵が始めたことの一つにネット検索がある。始めてみると仮想空間の中に図書館や掲示板やパフォーマンスの場所がある。近年、新聞の購読者もテレビの視聴者も減る一方と聞いていたが合点がい…
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<33>真理恵の精神は日に日に衰弱
診断結果は想像だにしないものだった。長期に亙る治療と薬剤投与。金銭面での心配はない。問題は真理恵が芸能界に復帰するまでに症状の回復が見込めないことだった。 「でも先生、外国では同じパーキンソン…
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<32>女神の称号は自分にこそふさわしい
テレビ画面の中の真理恵は往年の美貌と演技力を放っている。我ながら美しいと思う。女神の称号は、やはり自分にこそ相応しい。 テレビでの仕事を失うと、真理恵に舞い込んでくるのは映画の脇役しかなくな…
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<31>スターの条件は才能と運、縁
味気ない食事を終えると、真理恵はリビングルームに移動した。こちらの部屋も広々としており一人では持て余しそうだが、掃除は家事代行サービスが請け負ってくれるので面倒はかからない。要は岸真理恵の住んでいる…
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<30>手を伸ばしかけて指が震える
二 女神の死 〈1〉 朝の光が目に痛い。真理恵が目覚めた時には既に九時を回っていた。 まだ二月だというのに窓から洩れる陽光はぎらつき、顔をじわりと灼く。スキンケアやUVカットを施…
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<29>腕章を巻いて特権階級のつもりか
とうとう堪忍袋の緒が切れたらしく、富秋は宮里に向かって拳を振り上げた。 まずい。彼らと犬養の間にはまだ数歩の距離がある。このままでは犬養の制止は間に合わない。 富秋の右拳が動くのを視…
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<28>レコーダーは世間の耳でカメラは目
どれだけ評判が悪かろうが、同じ場所に居続けるには実績と評価が必要だ。宮里がレポーターとして重宝されているのは、相手から本音を引き出す術に長けているからだろう。その目的のためなら、宮里は自分が殴られて…
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<27>母親の遺体を見て安心したんじゃ?
告別式の開始時刻直前、報道陣の一部が動いた。 それまで参列者が会場の中に消えていく姿をひたすら追っていたひと組のクルーたちが、いきなり群れから飛び出して斎場内に足を踏み入れてきたのだ。 …
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<26>不審な人物は第三者とは限らない
少子高齢化と老老介護が顕在化すれば、いずれ安楽死を選択せざるを得ない家族が増加するのは目に見えている――かつてドクター・デスから放たれた言葉が不意に甦る。長山家の悲劇を自分の家庭に重ねるインタビュア…
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<25>斎場の周囲を報道陣が取り巻き
長山瑞穂の葬儀は台東区の区民斎場で執り行われた。 犬養と明日香は道路を挟んだ区役所の敷地内から斎場全体を見渡す。目視での観察とズーム撮影を併用して参列者一人一人をチェックする。必要な場合には…
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<24>真っ先に家族を疑うなんて非情
〈4〉 捜査会議の席上で犬養が披露した仮説は、おそらく村瀬や津村たちが念頭に置いていたものを代弁したに過ぎない。だが考え得る可能性の一つであることに間違いはなく、長山富秋と亜以子には個別に尾行…
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<23>富秋と亜以子の動向から目を離すな
ただし捜査員たちのざわめきをよそに、壇上の村瀬は眉一つ動かさなかった。 「興味深い仮説であるのは認める。しかし今は証拠を拾い集めている最中だ。先入観を誘う発言は控えろ」 村瀬のひと言で…
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<22>村瀬の指示は非情だが的確
長山瑞穂所有のパソコンは既に押収され、こちらの解析も始まったという。だが本体に埃が被っているようでは、有益な情報はあまり期待できそうになかった。 「夫の長山富秋と長女亜以子についての鑑取りは本…
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<21>被害者はFXで蓄財の証言
村瀬は訝しげに顔を顰める。 「当該地域は古い住宅地だ。道路幅も狭く、家の前にクルマが横づけになれば嫌でも目立つ。犯人は徒歩でやって来たのか」 「不審なクルマが停まっていたという目撃証言も…