ドクター・デスの再臨
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<60>延命か否かの決定は法律の範疇
国分の言う通り、安楽死と聞いた途端、犬養は彼の業務内容の一部を理解したようなつもりになった。 「安楽死のガイドラインについてはご存じですか」 「知っているのは積極的安楽死の四要件くらいで…
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<59>笑うと存外に人懐っこく見える
三 信念の死 〈1〉 「先日は失礼しました」 差し出された名刺には『厚生労働省医政局総務課医療安全推進室室長代理 国分倫丈』とある。厳つい面立ちだが、笑うと存外に人懐っこくも見え…
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<58>珍客は告別式で出会った男
麻生は捜査の進展を期待していたが、東京都に届け出ている医師だけで四万四千人以上もいる。加えて医療機関は押しなべて個人情報保護の意識が強固だから、特定のアリバイや個人の身体的特徴を探ろうとしても捜査事…
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<57>犯人は宅配業者に変装して侵入
「近隣住民が不審な人物は見かけなかったと証言した理由はこれか」 麻生は制服姿の人物を凝視する。 「ええ。郵便配達員や宅配業者というのは、目の前を歩いていても風景の一部と認識してしまいがち…
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<56>犬養刑事の読みが当たった
三雲と明日香は〈幸福な死〉の管理人を特定しようと相当粘ったらしい。だが海外のサーバーを複数経由しており、未だIPアドレスには辿り着けていない。これもまた前回の手法を踏襲しており、不快感が募るばかりだ…
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<55>貴方の大切な人に苦痛のない死を
〈4〉 村瀬の会見から二日、世間は安楽死問題で喧しかったが捜査本部は陰鬱に沈んでいた。現場指揮を任された麻生の顔は日を追うに従って悪相を帯びていく。捜査会議では村瀬や津村から進捗のなさを無言で…
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<54>法制化で予想される別の弊害
吾妻野大臣が安楽死問題に言及したことは、その日のトピックとして各メディアのトップを飾った。 『吾妻野厚労相、安楽死問題に着手』 『厚労相の重い腰を上げさせた女優の死』 『安楽死法制…
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<53>厚労大臣が安楽死について発言
一時代を築いた銀幕の女神の死を悼んだのは一般人だけではない。映画界の重鎮や共演者たちが次々と弔意を表する中、その波は政財界にまで広がりを見せた。それだけ彼女のファンが多かったことの証左だったが、現職…
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<52>ネットでは私論暴論まで甲論乙駁
新聞やテレビといった旧来のメディアが取り上げる話題は大抵ネットが先取りしている。村瀬の会見が報道された直後から様々なサイトや個人が岸真理恵の選択について、あるいは安楽死の是非について私論や暴論を発信…
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<51>痛みを伴わない意見はすべて空論
ニュース番組に限らず安楽死の是非を問う声は俄に大きくなった。事件が起きる以前であれば一種のタブーとして封じ込められていた話題が、岸真理恵の報道を機に噴出した感がある。たとえば犬養が開いた朝刊では同日…
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<50>国が安楽死を法制化すればいい
岸真理恵が安楽死を選択した事実は、東亜日報に掲載された遺書の全文によって世に普く知れ渡った。往年の女優が下した判断には既に当人が死亡しているという事情も手伝い、概ね好意的に受け止められた。老醜や苦痛…
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<49>自殺幇助で逮捕されるなら本望
「岸真理恵さんは認めた遺書をシーツに敷いていました。しかし全く同じ文面のものをあなたに送っていたんですね。しかも自分の死後、遅滞なくマスコミに流すという条件つきで」 人間はいきなり核心を突かれ…
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<48>真理恵との間には肉親に近い絆が
犬養と明日香が訪れたのは六本木に事務所を構える芸能プロダクション〈ライジングエージェンシー〉だった。社屋の前に立った時、明日香は不思議そうに尋ねてきた。 「犬養さんは岸真理恵のファンだったんで…
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<47>リークしたのは真理恵本人ですよ
会見における村瀬の態度こそ天晴だったものの、遺書の存在が明らかになったのはいただけない。会見終了直後、犬養と明日香は麻生に呼ばれた。説明されずとも呼ばれた用件は分かっている。 「管理官が怒髪天…
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<46>会見場のざわめきが大きくなる
件の記者の質問が続く。いや、これは既に質問ではなく詰問に類するものだ。それまで無表情だった村瀬の眉間に皺が刻まれる。 『社名とあなたのお名前を』 『東亜日報の木津です。情報によれば、岸さ…
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<45>岸さんは本当に病死だったのか
〈3〉 岸真理恵の事件は否応なくマスコミと世間の耳目を集めた。去る者は日々に疎し。一般市民の死亡事件は三日で忘れ去られるが、著名人分けても俳優・女優の死はひと月以上も賞味期限が続く。有名とは、…
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<44>事件の最大の特徴は被害者不在
目撃情報は得られなかったが、訊き込みに応じた近隣住民からは洩れなく防犯カメラのデータが提出された。ほぼ全家庭が防犯カメラを設置しているため、特定の対象者をシームレスで追跡することができる。 …
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<43>この街で不審者など見たことがない
長山瑞穂の事件の際、安楽死の報酬二百万円は現金での受け渡しだった。JKリーグは金銭授受の記憶がデータに残るのを極力回避しているようなので、おそらく岸真理恵からも報酬を現金で受け取っているに違いない。…
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<42>真理恵が処分したとは考え難い
「岸さんは、いつもキッチンテーブルの隅にパソコンを置いてました。二十八日に伺った際には、ちゃんとあったのを記憶しています」 峰子の証言に従って捜査員がテーブル周りをはじめキッチンや寝室を捜索し…
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<41>適当な相槌で話を合わせていた
次に犬養は別室に待たせていた家事代行サービスの蒲倉峰子と三船医師に会う。家族を持たなかった岸真理恵と一番多く接触していたのは、峰子のはずだった。 「我が社の家事代行サービスにはいくつかのコース…