ドクター・デスの再臨
-
<20>事件を知り、捜査員も固い表情
翌十六日の午前九時に第一回目の捜査会議が開かれた。場所は下谷署の会議室、前方の雛壇に座るのは村瀬管理官と津村一課長、そして下谷署署長と麻生班長だ。安楽死事件の概要は既に報告済みだからだろうか、居並ぶ…
-
<19>命をカネで売り買いする薄汚い計算
「失礼しました」 蔵間は自らの醜態を恥じるように言う。 「柄にもなく興奮してしまいました。警察官のお二人にはさぞお聞き苦しかったことと思います」 犬養たちは逆に恐縮する。安楽死に…
-
<18>200万円の報酬はとんでもない暴利
「御厨検視官から聞いたのですが、今回の安楽死事件において二百万円という現金の授受があったようですね」 「はい。我々は犯人が安楽死を請け負った報酬だと考えています」 「とんでもない暴利ですよ…
-
<17>元祖ドクター・デスはケヴォーキアン
蔵間から前回の安楽死事件との類似点を指摘されると、犬養と同じことに思い当たったらしく明日香も表情を固くした。切羽詰まったように蔵間に質問を浴びせる。 「先生は今回のケースとドクター・デスの事件…
-
<16>死因は心筋の虚血による心不全
〈3〉 長山宅を辞去した犬養と明日香は、そのまま東大法医学教室のある本郷キャンパスに向かった。時刻は既に午後十時を回っていたが、医2号館本館のいくつかの窓からは明かりが洩れている。学生たちが帰…
-
<15>母は笑うこともできなくなっていた
「何を言い出すんだ」 今度は富秋が慌てて亜以子が喋るのを止めようとする。だが亜以子は溢れ出す感情を堪えきれない様子で続ける。 「病気になる前のお母さんはいつも元気で、冗談が好きで、だから…
-
<14>安楽死の事情に詳しいようですね
富秋は険しい顔をする。妻が自分の安楽死を独断で決めたのが、未だに納得できない様子だった。 「仮に安楽死について相談されていたら、すぐには賛成できなかったと思います。妻の意思を尊重したいと思いま…
-
<13>ATMから現金を引き出したのは夫
犬養たちが家族への事情聴取に臨むと、最初に夫の富秋が口を開いた。 「わたしの帰宅時間は大抵夜の八時過ぎです。それまでは先に帰宅している亜以子が瑞穂の看護をすることになっているのですが、今日は六…
-
<12>完全にビジネスとしての安楽死
御厨は死亡推定時刻について午後四時から五時までの間と見当をつけていた。娘によって死体が発見されたのが午後六時過ぎだから、家人が家を空けていた間に何者かが侵入したことになる。 鑑識作業はまだ途…
-
<11>気の毒だが前の事件に瓜二つ
長山宅では既に鑑識作業が始まっていた。 「予想通りの人選だな。死体はもう司法解剖に回した」 犬養と明日香の姿を認めた御厨検視官は同情とも揶揄とも取れる言葉を投げてきた。いち早く反応した…
-
<10>ドクター・デスの模倣犯を確信
「きちゃいましたね、通報」 現場に向かうインプレッサの中で明日香は珍しく軽口を叩いた。臨場前の言葉として軽率な感が否めないが、ステアリングを握る犬養は敢えて咎めもしない。場違いな軽口が明日香な…
-
<9>遺体の右腕に赤い注射痕が
通報してきた少女は長山亜以子と名乗り、住所もちゃんと申告していた。台東区谷中三丁目〇―〇。元来、谷中は神社仏閣が建ち並び下町情緒の残る地域だが、昨今は懐古趣味の復興で商店街が賑わいを取り戻している。…
-
<8>母が安楽死を依頼したかもしれない
〈2〉 下谷署にその通報があったのは三月十五日午後六時十四分のことだった。 『母親がネットを通して、誰かに安楽死を依頼したみたいなんです』 電話の声は幼さの残る女の子のものと見当がつ…
-
<7>酔狂な医療従事者などそういない
医療関係者の倫理は警察官のそれと大きく異なる。〈ドクター・デス〉のように特異な倫理を持った者が他にもいる可能性は否定できない。 口に残る違和感の正体は、二度と〈ドクター・デス〉と見(みま)え…
-
<6>第二のドクター・デスは現れるのか
津賀沼の会見が終わるのを待たず、明日香はテレビのスイッチを切る。憤慨を隠しきれない様子で、真っ暗になったモニター画面を睨みつけている。 安楽死の法制化自体は、それほど常識外れな話ではない。提…
-
<5>こいつ、完全に自分に酔ってる
お次は社会不安を誘うつもりか。津賀沼の弁舌を聞くに従って嫌悪感が募る。 津賀沼は国民党相沢派に属している。相沢派と言えば現総理真垣統一郎の出身派閥だが、第四派閥の哀しさで党に対する影響力は微…
-
<4>政治家の戯言に腹を立てても
* 『世の中には、死なせてほしいという人が確実に存在するのです』 モニター画面の中で津賀沼誠司議員は声高に訴えていた。 『昨年発生した、安楽死を請け負う医療従事者の事件を憶えていますか…
-
<3>母の枕元に200万円の紙包み
電子レンジで温めたシチューをひと口啜ると、料理の腕を上げたと富秋が褒めてくれた。 「毎日台所に立っていれば、嫌でも腕は上がるよ」 「いやあ、そんなことはないぞ。こういうのにも素質があって…
-
<2>瑞穂には食事すらも治療の一環
「待っててね。すぐに夕飯の用意するから」 話し掛けられた瑞穂は再び小さく頷く。亜以子を見つめる目は申し訳なさそうな色を帯びている。やめてくれと思うが、目の色は変えようがない。ベッドの横に置かれ…
-
<1>娘の問いかけにわずかの動き
一 更に受け継がれた死 〈1〉 「じゃあね」 三叉路に差し掛かると、亜以子は美織に手を振って別れた。右側が美織の、左側が亜以子の家に伸びている。小学校の頃はよくお互いの家を行き来し…