「声優夫婦の甘くない生活」は塞ぎがちな心に明かり灯す
猛威を振るう新型コロナウイルスによって、日々の生活が混乱に陥る1年となった。家族やパートナーと過ごす時間が増え、長年の関係に思わぬ変化が生じた人もいるだろう。年齢を重ねても、生き惑う大人は少なくない。そんな塞ぎがちな心に小さな明かりをともしてくれるのが、18日公開の映画「声優夫婦の甘くない生活」(ロングライド配給)だ。
物語の主人公は1990年のソ連崩壊でイスラエルに移民した吹き替え声優の60代夫婦。長年、“他人の声”を演じることを生業としてきたが、ヘブライ語を公用語とする新天地ではロシア語の声優などほぼ需要がない。あてが外れて先行きの見えない2人は、気づかないふりをしてきた互いの本音と向き合うことになる――。
コロナは“新しい章”に向けて考える機会に
メガホンを取ったエフゲニー・ルーマン監督(41)は、幼少期に両親とともにロシアからイスラエルへ渡った経歴の持ち主。同国の自宅でオンライン取材に応じ、「この作品は特異な状況下に置かれた人々の話だが、一番描きたかったのは普遍的な夫婦の物語。それなりに経験を積んできた分別ある大人が、常識や認識を一度忘れて人生の第2章を開くことができるのか。そのためには何が必要なのかを問いたかった」と話す。
妻は生活費を稼ぐため、テレホンセックスの仕事に就く。受話器越しのロシア人男性たちを相手に、純朴な若い娘や生活に疲れた人妻と変幻自在に演じ分けていく。売れっ子声優の面目躍如とばかりに、実に聴かせる喘ぎ声で。
「テレホンセックスの仕事に就く女性は現実にあった話なんだ。オーディションに参加した役者の中にも、募集の告知を見て応募し面接に行ってみると、“ウチはエロチックな電話会社”と言われたという経験者が複数いた。こういう予期せぬ事態に見舞われるのは、人生の醍醐味なのかもしれませんね」
主人公夫婦は他にも危ない橋を渡るが、すべてユーモアをちりばめた喜劇として描かれる。
「移民の物語だからといって悲劇である必要はないですよね? 実際、僕ら家族は運よくイスラエルを故郷とすることができた。人生は喜劇と悲劇が入り交じっている。いまだってコロナでこれまでの常識の一部はひっくり返ってしまった。終息への糸口はまったく見えないけど、“新しい章”に向けて考える機会にはなっているのかな」
イスラエルでの映画製作は平時でも資金調達が難航し、公開までに長い年月を要するという。それでも次回作への意欲は尽きない。表現者の純粋な野心は、カメラ越しにビンビン伝わってきた。
(取材・文=小川泰加/日刊ゲンダイ)