北海道100%の“奇跡の酒”が 上川大雪酒造の挑戦 <後編>

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 上川大雪酒造は1円もないところからスタートしている。設立時に補助金や助成金は一切使っていない。資金は夢に賛同してくれた仲間と、支援者を募るクラウドファンディングで調達したのだ。

「実は、そこが地方創生ビジネスの大きなカギだと思います。地方創生を成功させる秘訣の一つは、補助金や助成金をあてにしないことです。僕が1円もないところから始めて成功させれば、地方創生ビジネスのお手本、ショールームになり得る。社員5人の小さな会社が、日立キャピタルなど日本を代表するような大手企業の力を借りて北海道の町おこしをやっている姿は、他の地域にも伝播するはずです。また、食とは無縁な発電所・プラント部品商社である極東産業が資本参画していることも同様です。そのことが大きな意味を持つ。それなら、オレたちもやってみようという町が出てくるからです」

 日本酒は今月から上川町の「ふるさと納税」の返礼品に採用され、来年以降は酒蔵の周囲の美しいキャンプ場と協力し優雅なアウトドアが体験できるグランピング施設をつくったり、日本酒を造る為に削ったお米の粉で焼酎を造るとか、地ビールをつくることで「人を呼ぶ」ことを考えている。

「そのための会社もつくり、着々と準備をしているところです」

 常識を打ち破って移転した北海道の上川町日本酒プロジェクトが、地方創生ビジネスに次々と革新をもたらしている。常識にとらわれずに知恵を絞った大胆なチャレンジの中にこそ、町おこしの成功のカギがあるのではないだろうか。

小仕込み・高品質にこだわる

 北海道に新たに日本酒の酒造会社ができたのは戦後初のことだという。しかも、もともと酒蔵などなかった北海道の上川町に「上川大雪酒造」の酒蔵「緑丘(りょっきゅう)蔵」が誕生したのだ。ここで小仕込み・高品質の日本酒造りをする目的はただ一つ、上川町の町おこしの起爆剤になることである。つまり、究極を目指し、高品質にこだわった北海道産酒を造ることで大きな話題を巻き起こし、大雪山系の山々が連なる北海道の上川町に多くの人を呼び込むことが、上川町日本酒プロジェクトの一番の目的なのだ。

 そのプロジェクトの仕掛人は、上川大雪酒造の塚原敏夫社長だが、北海道で誕生した新しいお酒にこれほどの期待が集まったのは、2011年に道産米100%で造った酒で全国新酒鑑評会の金賞を受賞した川端慎治さんが、上川大雪酒造の杜氏を務めているからだ。北海道小樽市生まれの川端さんは金沢大学の学生だった時に、能登杜氏四天王の一人、農口尚彦杜氏が醸す大吟醸に出合い、「こんな理想的な酒があるのか!」と衝撃を受け、酒造りの道を志した匠の杜氏。石川、福岡、山形、岩手、群馬の酒蔵で武者修行をし、40歳を機に北海道に戻ってからは、北海道の米と水に徹底的にこだわった酒造りで道産子の日本酒ファンの心を鷲づかみにした。川端さんが前に在籍していた酒蔵を辞めた時は、復帰を求める署名運動が起こったほどである。その川端杜氏が、上川町の水に惚れ込んだ。

「北海道でお酒を造るようになって、改めて水の力の凄さを感じるようになりました。上川の水は大雪山から溶け出した伏流水で、めちゃくちゃおいしいんです。しかも、ミネラルのバランスがすごく良くて、北海道の酒米との相性が素晴らしい。実際に使ってみて、その凄さを再認識しています」と話すのだ。

 北海道の酒米の品質もどんどん良くなっているという。

「実は、農家の人は、どんな酒米が良いのかはわからないのです。酒米の良しあしを判断するのは、私たち酒蔵の人間なんですね。だから、低タンパクの米がいかに酒造りにとって重要なのか、理想的な酒米がどんなものなのかを農家の人たちに伝えるのが私たちの役目。その酒米をつくり出すために、土づくりや肥料のやり方を工夫するのが、農家の人たちの腕の見せどころなんです」

 北海道の酒造好適米は品質が高く、「吟風(ぎんぷう)」「彗星」「きたしずく」の3種類が使われる。川端杜氏は、同じ銘柄の酒米でも信頼できる契約農家が生産したものしか使わないという。

「生産者の意識の違いが、結果として米の品質に大きく表れるからです。同じ銘柄の酒米でも、生産者によって味も品質もまったく違ってくる。だから、生産者を選ぶ必要があるのです」

北海道の水とお米で究極の最高品質を

 川端杜氏は、少量仕込みで高品質な酒造りをしたいという塚原社長の話を聞いた時に、胸が熱くなったという。

「僕自身、若い頃からそんなスタイルの酒造りが理想だったからです。スーパーマーケットや量販店に流れるようなお酒を造らないで、その分の時間と労力をひたすら高品質なお酒を造ることに費やすことができる。既存の蔵では、まずそんなことはできませんからね。北海道の大自然が育み、契約農家の人が丹念に育て上げた北海道の素材を使って、どこまで高品質なお酒が造れるのか。その取り組みに没頭できるのは、まさに杜氏冥利に尽きます」(川端杜氏)

 既存の酒蔵の場合、全国新酒鑑評会で金賞を狙うお酒だけは、小さなタンクで手づくりしたものを出品する。最新鋭の機械を持っている大手の酒蔵でも、手づくりの方がおいしい酒が造れることをわかっているからだ。上川大雪酒造のお酒は全部、小さなタンクで手づくりした新酒鑑評会出品酒レベルの高品質なお酒なのである。

 目指しているのは、北海道の言葉でいう「飲まさるお酒」。ついつい飲んでしまうお酒だという。

「北海道の豊かな食材を味わいながらぐいぐい杯が進む、いわば『食中酒』ですね。私たちが究極の品質の酒造りを目指すことで、北海道で造られるお酒がどんどん飲まれるようになる。そんな起爆剤になればうれしいですね」

【連載】注目のイノベーティブカンパニー

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