足腰の不自由な高齢者のための福祉車両の時代が始まった!

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国際福祉機器展で出合った福祉車両の未来に仰天!

 福祉車両に「普通のクルマ化」の潮流が押し寄せている。「すべての方に移動する自由を」の実現のために社会全体で取り組まなければならないこととは?

 先月東京ビッグサイトで開催された国際福祉機器展には最新の福祉車両も展示され大きな注目を浴びた。中でも、コンパクトカーからミニバン、ワンボックスまで多種多様な福祉車両のラインアップをズラリ並べたトヨタのブースは人垣ができるほどの人気ぶりだった。だが、取材を進めるとトヨタのウエルキャブが注目を集めた理由は、実は車両の多彩さだけではなかった。そこには福祉車両の未来、日本の社会の未来があったのだ。

「車いすになる前の高齢者の方の介護としてぜひご覧になっていただきたいのがヴェルファイアに搭載したサイドリフトアップチルトシートです。このシートは、2列目シートが電動で外に出て来てチルトする。つまり、乗り降りの時に座面が前に傾くわけです」と話すのは、トヨタで福祉車両の開発を手がけている中川茂さん。

 シートの座面が前に傾くことが、いったいどんなメリットにつながるのだろうか。

サイドリフトアップチルトシートが福祉車両普及率アップの切り札になる!

「チルトにした理由は2つあります。1つは、乗り降りの際に必要な駐車場のスペースが少なくて済むこと。2つ目は、座面を前に傾斜させることでヒップポイントの位置が高くなり、足腰の弱っている高齢者の方でも立ち上がりやすくなることです」

 従来のサイドリフトアップシートの場合、立ち上がるために必要な頭の位置を確保するためにはおよそ1.2メートルのスペースが必要になる。だが、一般の家庭でそんなスペースのある駐車場は少ない。車庫を一部改造する必要に迫られるわけだ。

 一方、座面が前に傾くチルトシートにすれば、半分ほどの55〜60センチのスペースがあれば乗り降りができるようになる。普通の駐車場でも乗り降りが十分にできるし、外出先で車いすマークのある駐車場を探さなくても済むのである。

「足腰の不自由な高齢者世帯の福祉車両普及率は1%ほどしかありません。普及していない理由の一つは、この先どのくらい介護が続くのかよく分からない中で、福祉車両購入に加え、駐車場を改造しなければならないという経済負担があるからです。こうした負担のため、福祉車両の導入に二の足を踏むのは当然です」(中川さん)

 省スペースで乗り降りができるサイドリフトアップチルトシートなら、自宅の駐車場を改造する必要もなく、外出先でも一般の駐車場が使える。家庭でもっと福祉車両が活躍できると中川さんは考えたのだ。

 もう1つの、シートの座面の位置が前に傾けばヒップポイントが高くなり立ち上がりやすくなるというのも、これまでにない画期的なことだ。

「ヒップポイントの低い姿勢から立ち上がるのは太ももの筋肉に負担がかかって大変ですが、ヒップポイントを高くすれば足腰の弱った高齢者の方でもラクにシートから立ち上がることができます。介護する側も深く座った人を抱きかかえて立ち上がらせるのは腰に負担がかかって大変ですが、高い位置で前傾姿勢になっている人を立ち上がらせるのは簡単ですからね。老老介護で使いやすい福祉車両とはどういうものかを考えた時に、サイドリフトアップチルトシートが一つの答えとして浮かんだのです」(中川さん)

実際に体験してその違いに驚嘆!

 会場に展示されているヴェルファイアにサイドリフトアップチルトシートが搭載されていた。それを実際に試してみて、その違いに驚嘆した。なにしろ、スライドドアのところからシートがはみ出すことなく、「よいしょ」という声も出ることなくそのままスクッとラクに立ち上がれたのだ。今のところこのサイドリフトアップチルトシートを実現しているのはトヨタだけ。国際福祉機器展でトヨタのブースに人垣ができるほど人が集まったのも当然だろう。

「これまでにないタイプのシートなので、実際に試されたお客さまはみなさん立ち上がりやすいことに驚かれています。乗ってからもリクライニングでゆったりと座れると評判がいいですね」と、担当のトヨタ第1国内販売部の森あけみさんも話す。

 サイドリフトアップチルト車だけでなく、助手席回転チルト車というのもある。助手席回転チルト車は手動式になっているが、シート構造の考え方はサイドリフトアップチルトとまったく同じ。レバーを操作して助手席シートを回転させ、前方傾斜にチルトさせてヒップポイントを上げることで、足腰の弱った高齢者でも乗降しやすくなるようにしているのだ。


■目指すのは福祉車両の「普通のクルマ化」!

 シエンタ、ノア、ヴォクシー、エスクァイアにスロープ板の前倒れ機能が付いていることにも注目が集まった。スロープ板は、後部のハッチを開いて後方に倒し、車いすの人を乗せたら垂直に立てて収納するのが一般的だ。だが、トヨタのウエルキャブは、このスロープ板を前に倒して収納できるようになっている。なぜ、トヨタはスロープ板を前に倒して収納することにこだわるのだろうか。

「福祉車両を“普通のクルマ化”しようと考えたからです。スロープ板を前に倒して荷台スペースを平らにして使えるなら、介護期間が終わってしまった後も普通のノア、あるいは普通のヴォクシーとして使えます。それなら親孝行のために福祉車両のノアやヴォクシーの購入を考える人がいるかもしれません」(中川さん)

 福祉車両の場合、2列目シートの半分は車いす専用スペースになっていることが多い。もし、車いすを乗せる必要がなくなったときには、後付けで2列目の座席を新たに設けることもできるそうだ。トヨタはそのサポートもがっちり行っている。もちろん、これも“普通のクルマ化”の1つなのである。


「すべての方に移動する自由を」というコンセプトは、世の中のすべての人を対象にしたものだった

 トヨタは、「すべての方に移動する自由を」というコンセプトを掲げているが、それを最も具現化している技術が車いすのワンタッチ固定である。

 トヨタ製の車いすには地面から決まった高さのところに1本の横のバーが付いていて、トヨタの福祉車両にこの車いすで入って行くと、何もしなくてもこのバーが車両側のフックにガチャンと引っかかって車いすがしっかり固定される。今のところトヨタの福祉車両とトヨタ製の車いすの組み合わせでしかできないのだが、トヨタはこの技術を一般に開放するつもりであり、1つの規格として社会的に普及させることを提案しているのだ。

「ワンタッチ固定が社会的に普及すれば、車いすになってしまった高齢者の方々が路線バスなどの公共交通機関で外出しやすい雰囲気づくりができます。私たちはこの技術を開放し、みんなで一緒にやりませんかと呼びかけているのです」と中川さん。

 ワンタッチ固定の規格が普及すれば、他のメーカーの福祉車両でも、どこの車いすでもワンタッチで固定が可能になる。例えば、市営バスや都バスにこの規格の固定装置が設けられれば、他の乗客を待たせることなく車いすで乗車できるわけだ。これなら気の弱い高齢者の方でも気軽にバスを利用できるだろう。

 担当のトヨタの山口累子さんもこう話す。

「従来のベルトで固定するタイプでは、手順もあって女性や高齢者がサポートするのは大変な作業です。介護をしている人は圧倒的に高齢の女性が多いわけですからね。ワンタッチ固定を応用すれば、車いすの人が他の人の手を借りずに自分で車いすを固定&解除できるようになると思います。これまでにない画期的なものなので、みなさん興味津々でご覧になっていますね」

 このワンタッチ固定に見入っていたリハビリセンターのグループは、「これが早く世の中に広がってほしいですね」と口をそろえて話す。

■全国的に廃止が進む市営バスの代替手段もトヨタは実践!

 ワンボックスカーのノアやヴォクシー、エスクァイアの2列目シートの一部を取り払い、手すりをたくさん付け、買い物に行きたい高齢者の方々が後列にも一人で乗り降りできる「ウェルジョイン」というクルマもトヨタは作っている。たくさん売れるわけではないのに、トヨタはどうしてこんなクルマを作っているのか。

「地方では市営バス、町営バスがどんどん廃止され、クルマのない高齢者、あるいは運転できない高齢者の方々は買い物にもでかけられないという現実があるからです。トヨタは、廃止された市営バスの代わりにその地域の定年退職した男性たちに有償のボランティアでこの『ウェルジョイン』を運転してもらい、高齢者の方々の買い物をお手伝いする活動に取り組んでいるのです」と、中川さんは話す。

 実際に、秋田県の横手市で2年前からすでにこの活動を実践しているという。

「市営バスの運転手の人件費に比べれば有償ボランティアの運転手の人件費は格段に安く済むので、横手市としても赤字を削減できるというメリットがあります。しかも、市営バスはバス停でしか止まりませんが、『ウェルジョイン』なら、有償ボランティアの運転手さんも地元の人なのでそれぞれの家の前まで行ってくれます。予約をしておけば迎えに来てくれることも可能です。この便利さから、横手市の場合、一度に乗れる定員数が少ないにもかかわらず市営バス時代よりも2倍ほど利用者が増えているんですよ」(中川さん)

 定年退職した有償ボランティアのドライバーの人たちにとっても、地域の高齢者の人たちの役に立ち、「ありがとう」と感謝されることが生き甲斐になっているそうだ。

 日本の地方は、どこも過疎化と高齢化の問題を抱えている。トヨタがウェルジョインで行っている社会活動が全国的に大きく広がることが必ず必要になるだろう。

 トヨタの「すべての方に移動する自由を」というコンセプトは、トヨタ車のユーザーに限らず、まさに世の中のすべての人を対象にしたものだったのだ。人生百年時代。わが家でも、そろそろ“普通のクルマ化”した福祉車両の導入を考えてみてもいいのかも。

【外部リンク】
トヨタ「ウェルキャブ」ホームページ

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