演歌と母と介護と
-
<第6回>1年間我慢して施設にクレーム
施設は“ホーム長”次第。母が入っている施設でもそれを実感することができました。 母が入った施設の1年目のホーム長は本当に軽率な人でひどかった。それでも、私はこういう仕事をしていてしょっちゅう…
-
<第5回>介護施設の雰囲気はトップで決まる
前回お話ししたように、母の介護にはデイサービスを使っています。家族が一緒に住んでいると、ヘルパーさんには来てもらえません。普段の面倒は私がみなければならないのですが、仕事との両立は本当に難しい。朝か…
-
<第4回>退院した母が震災のショックで再び鬱状態に…
母は本当に痛かったと思います。背骨が折れたんだから。1カ月は絶対安静で動かせない。手術はせず、折れたところがくっつくまで、固定したままでした。 それで入院生活がうまくいけばいいけど、看護師さ…
-
<第3回>鬱状態を脱して間もなく、外出先で背骨を骨折
東京の私の家に来てからも、母の状態は変わりませんでした。周囲の人が話しかけても返事が曖昧で、笑わない、挨拶もしない。ご飯を出してもいらないというばかりでした。 知り合いの方もしょっちゅうやっ…
-
<第2回>畑に出かけた父が急死、喪失感に襲われた母は…
私は天草(熊本県)の出身で、当時としては珍しかった一人っ子。鹿児島大学を出て、横浜で小学校の音楽の教師を2年間やってから、憧れの演歌歌手になって両親とは長い間、離れて暮らしていました。 元気…
-
<第1回>坂本冬美さんからのメールで故郷の地震を知った
「木曽路の女」に代表される旅情演歌の原田悠里さん(61)は今年が歌手生活35周年。ファンには元気な歌声を届けながら、人知れず抱えていたのが両親の問題。父親の急逝から現在の母親の介護までを初めて語っても…