ウクライナ危機とニッポン
「ウクライナ危機から問う 日本と世界の平和」志葉玲著
ちかごろマスコミで目立つのが、ウクライナへの判官びいき。しかし大事なのは正しい教訓だ。
2003年、米軍が始めたイラク戦争で初めて戦争取材に入ったのが当時27歳だった著者。だが、日本のメディアは年々内向きになり、リスクを恐れ、しかも日本の社会までが紛争地帯を取材するジャーナリストに冷淡になっていった。そんな歩みを肌身で知る著者は、今回のウクライナ危機の陰に米バイデン大統領の動きなどが複雑に関与していることを強調する。
またロシア軍の一般市民殺害についても、イラク取材でじかに知った米軍の一般市民への無差別攻撃を思い出す。ファルージャでは「自衛隊を派遣した日本人は敵だ!」と罵倒されたこともあったという。
日本ではウクライナ報道での現地中継で東京にいるテレビ局のアナウンサーが「××さん、中継終わりましょう」「すぐに避難、逃げてください」と中継を切り上げさせた。ネットではこれを称賛し、「良い判断」「何より人命が大事」などの声が上がったが、著者は疑問を呈する。紛争取材の豊富なジャーナリストほど「遠隔地からの現場軽視の指示はかえってリスクにつながる」との声が強かった。要は配慮のつもりの事なかれ主義ではないかというわけだ。
ウクライナ危機をおセンチな心情で眺めがちな日本社会への深い示唆と忠告だろう。 (あけび書房 1760円)
「ウクライナ危機後の世界」大野和基編
目次にずらりと並んだ名前が壮観。経済学者のJ・アタリ(仏)とP・クルーグマン(米)、政治学者のJ・ナイ(米)とL・ダイアモンド(米)、歴史学者のT・スナイダー(米)とY・N・ハラリ(イスラエル)、そしてジャーナリズムからは「ベリングキャット」創設者のE・ヒギンズ(米)。本書は昨年春におこなわれた彼らへの連続インタビューの記録だ。
当然、悲観論も楽観論もある。ダイアモンドは「権威主義の支配による平和を望むのか。泥棒政治による政治を望むのか。奴隷の平和を望むのか」「今回のウクライナ侵攻においては、ただ『戦争状態ではない』という意味での『平和』だけに価値があるのではない」という。これに対してハラリは、予想外のウクライナ危機が欧米で起こった右派と左派の分断と対立に終止符を打つ一助となるかも、という。じっくりと読み比べたい。 (宝島社 990円)
「ウクライナ現代史」アレクサンドラ・グージョン著、鳥取絹子訳
ウクライナと日本の共通点は「ロシアが隣国」ということだ。
日本で最も認識の薄いのがこの点。実は日本は太平洋を隔ててアメリカ、日本海を隔ててロシアと超大国にはさまれているのだ。
ウクライナはよくロシア文化圏の内にあるといわれる。たとえば首都キーウは「ロシアの都市の母」は決まり文句。
しかしフランスの政治学者の著者は歴史をくわしくたどり、ウクライナとロシアの間での歴史認識の違いを明らかにする。
クリミア問題についてもロシアとウクライナ双方にそれぞれの認識があり、クリミア内にも親ロシアの無視できない勢力がいるが、ウクライナから見れば「領土と人口の一部をもぎ取られている状態」だ。
現在を知るためにも歴史を知る必要があることを実感させられる一冊。 (河出書房新社 880円)