五木寛之 流されゆく日々
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連載11412回 私の中の満州残影 <2>
(昨日のつづき) 戦時中、私の叔父ふたりが満州にいた。一人は撫順、もう一人は大連だったと思う。ほとんど交流はなかったが、戦後、引揚げてきて東洋高圧に勤めたらしいから、その系統のコンツェルンだったの…
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連載11411回 私の中の満州残影 <1>
いま『満洲国グランドホテル』という本(平山周吉著/芸術新聞社刊)を読んでいる。 まだ3分の1ほど読み終えたところなので、まとまった感想は述べられないが、満州フェチの私にとっては久々に出会った面白…
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連載11410回 ボケの効用について <5>
(昨日のつづき) 以前、講演の途中で、引用しようとした人物の名前が急に思い出せなくなって困ったことがあった。 『青い鳥』の作者のメーテルリンクの名前である。生まれから育ち、そして生涯の経歴までく…
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連載11409回 ボケの効用について <4>
(昨日のつづき) 人は生まれた時からすでに認知症なのだ、というのが、私の人に言わない考え方である。 年をとって認知症になるのではない。成長するということは、何かを少しずつ失うことだ、と思う。 …
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連載11408回 ボケの効用について <3>
(昨日のつづき) 前にも書いたような気がするが、もういちど書く。私にとって、それだけ強く記憶に残っているエピソードだからだ。 私の知人の郷里に、老人ホームがあり、高齢の人たちが暮している。その…
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連載11407回 ボケの効用について <2>
(昨日のつづき) 『東大教授、若年性アルツハイマーになる』は、ご本人とその夫人が、ともにキリスト者であることが大きな影響をあたえていることを感じた。強い信仰というのではなく、敬虔な信仰が全編を通じて…
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連載11406回 ボケの効用について <1>
人間、高齢化がすすむと、当然のことながら、体が衰えてくる。 それとともに、いわゆる身体機能だけでなく、精神面での衰えもいちじるしい。俗にいうボケの始まりである。 <痴呆>とか<ボケ>という言い…
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連載11405回 高齢化時代の光と闇 <5>
(昨日のつづき) 先日、せまい階段を慎重に気づかいながら降りていたとき、最後の2、3段というところで足が滑って引っくり返ってしまった。 子供の頃から妙に転び方が上手な子だったので、高齢に達して…
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連載11404回 高齢化時代の光と闇 <4>
(昨日のつづき) <高齢化時代の光と闇>などというタイトルをつけながら、暗い話ばかりになってしまった。 しかし今の時代に高齢者として生きることに、どんな光があるのだろうか。 高齢者の大半は、…
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連載11403回 高齢化時代の光と闇 <3>
(昨日のつづき) かつて「3K」といえば、「キツい」「汚い」「危険」などという状況の頭文字だった。 いまや「3K」とは、「体」と「金」と「心」の3つだといわれる。 言いかえれば「健康」「経…
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連載11402回 高齢化時代の光と闇 <2>
(昨日のつづき) 毎朝の新聞で目につくのは、なんといっても巨大広告である。 昔は、紙面の下のほうの5段の広告でも目をみはったものだった。新刊が5段で告知されると、天下をとったような錯覚におちい…
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連載11401回 高齢化時代の光と闇 <1>
百歳人生だの、高齢化時代だのと簡単に言うが、実態は悲惨なものである。長生きするということは厄介なことなのだ。 夜、なんとなく胃がもたれると思ったら、突然、酸っぱいものが喉元からこみあげてきた。 …
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連載11400回 新聞落ち穂ひろい <5>
(昨日のつづき) 「落ち穂ひろい」とは、当然のことながら<収穫したあとの畠に残された落ち穂を拾い集める作業のこと>である。 転じて比喩的に<いったん選び残したものの中から、役立つものを拾い取るこ…
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連載11399回 新聞落ち穂ひろい <4>
(昨日のつづき) 仏ルノーがロシアから撤退したらしい。(日経6・15「やがて悲しきロシア人」坂井光)。 私が戦後はじめてモスクワにいった時には、ソ連産の車以外はほとんど見かけなかった。ヴォルガ…
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連載11398回 新聞落ち穂ひろい <3>
(昨日のつづき) 休刊日の翌日の新聞は、なんとなく気が抜けたような感じがする。たまたま大きな出来事がなかったせいか、それとも休み明けの脱力感のせいだろうか。 1面トップは各紙そろって円急落、1…
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連載11397回 新聞落ち穂ひろい <2>
(昨日のつづき) きょうは新聞の休刊日だった。 なんで全国紙が一斉に休むのだろう。新聞は、それぞれ勝手気ままに自由にやればいいのである。小学生みたいに行儀よく揃って休む必要など全然ないではない…
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連載11396回 新聞落ち穂ひろい <1>
コロナの蔓延とともに、朝早く起きるようになった。 朝食のときに朝刊に目を通す。 食前、食中、食後、計1時間半ほどの間に新聞各紙を斜め読みするのが、日課になってしまった。 片手に箸をもって…
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連載11395回 私の新宿漂流記 <10>
(昨日のつづき) とりあえず私と弟と妹の3人は、新宿で働いていたのだ。それぞれ職種はちがっても収入は少なく、食っていくだけで大変な時期だった。 2丁目の角にあった焼き鳥屋の店先で、その焼鳥の串…
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連載11394回 私の新宿漂流記 <9>
(昨日のつづき) 新宿2丁目の内外ビルにある業界紙で働いていた頃のことを思い出すと、その時代を彩った歌や、人々の名前が脈絡なく浮かんでくる。それは、こんな時代だった。 <(前略)裏手の飲み屋街に…
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連載11393回 私の新宿漂流記 <8>
(昨日のつづき) <(承前)一瞬、下で息をのむような沈黙があり、すぐにどっと弾けるような笑い声がわきおこった。 「うまかったってさ」 「ああ苦しい」 踊り子たちは石段の上に折り重なってお互い…