五木寛之 流されゆく日々
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連載10321回 「マサカの時代」は続く <4>
(昨日のつづき) 『流されゆく日々』のこの一年も、今回で終りである。しかし、来年も『流されゆく日々』は続く。いや、続くだろう。誰にも明日のことなどわかりはしないのだ。私が倒れることもあるかもしれない…
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連載10320回 「マサカの時代」は続く <3>
(昨日のつづき) 思いがけない天災は、寺田寅彦の言葉どおり「忘れた頃にやってくる」ものだ。 この列島は世界でもめずらしい不安定な場所である。その事は歴史や文化の上でも、大きな影響をあたえている…
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連載10319回 「マサカの時代」は続く <2>
(昨日のつづき) 今年の「マサカ」は、両手の指ほどもある。ふり返ってみると「小池百合子パワーの減速」もそうだったし、「貴乃花の乱」の推移もそうである。 こう言っては悪いが、ノーベル文学賞の行方…
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連載10318回 「マサカの時代」は続く <1>
この一年をふり返ってみると「マサカ」「マサカ」の連続だった。 英国のブレグジットやトランプの登場のことではない。スペインのカタールニア州が独立を企てる。これはドン・キホーテの夢ではなくて、現実の…
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連載10317回 去りゆく昭和への挽歌 <5>
(昨日のつづき) 今日は昭和ではなく、大正の雰囲気をあじわうこととなった。NHK・TVの『ニュースウオッチ9』のための収録である。 最初は小石川の民家で、有馬キャスターとの対話、そして夕刻から…
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連載10316回 去りゆく昭和への挽歌 <4>
(昨日のつづき) 時代を象徴するものが歌である、という私の固定観念は、たぶん昭和初期の子供時代に培ちかわれたものだろう。戦争は常に歌とともにあった。 野口雨情、北原白秋、西條八十らの童謡運動は…
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連載10315回 去りゆく昭和への挽歌 <3>
(昨日のつづき) 昭和という時代をふり返って、なにが昭和を象徴するかと考えてみると、やはりかつての今様と同じく、それは歌謡曲なのではないかと思われてくる。 昭和はじつに歌謡曲、流行歌の黄金時代…
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連載10314回 去りゆく昭和への挽歌 <2>
(昨日のつづき) 梁塵秘抄とは、中世の流行歌集である。平安中期から鎌倉前期にかけて、世間に流行した歌謡の数々を集めたアンソロジーだ。 当時、今様といわれる巷の歌が熱病のように大流行した。 <…
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連載10313回 去りゆく昭和への挽歌 <1>
サッチー、こと野村沙知代さんが亡くなられた。沙知代さんは昭和7年の生まれで、私と同年である。また一人、昭和7年組の同世代人が世を去って、寂寥感がつのるのを禁じえない。 昭和7年、1932年という…
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連載10312回 真相はいつも『藪の中』 <5>
(昨日のつづき) 真実はすべて「藪の中」という思いを改めて痛感したことの一つに、兼好法師の話がある。 兼好は吉田兼好と呼ばれた14世紀の文人である。その著書『徒然草』は、日本三大エッセイの一つ…
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連載10311回 真相はいつも『藪の中』 <4>
(昨日のつづき) こんどの相撲界の問題のように、つい先頃おきた出来事でも真相は『藪の中』だ。まして50年、100年も昔の出来事が判然としないのは当り前のことだろう。 それが500年、1000年…
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連載10310回 真相はいつも『藪の中』 <3>
(昨日のつづき) 相撲界のトラブルは、いまだにニュースの渦中にある。テレビを見ていると、貴乃花部屋の前には、相変らず数十人のカメラマンや取材陣が張りついているようだ。 この問題がこれほど長く話…
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連載10309回 真相はいつも『藪の中』 <2>
(昨日のつづき) いわせてもらえば、歴史というものも実際には常に『藪の中』である。 明治、大正以来もそうだし、さらに中世、古代となると何が真実かは深い霧の中だ。 『応仁の乱』(中公新書)がブ…
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連載10308回 真相はいつも『藪の中』 <1>
『藪の中』は、大正末期に発表された芥川龍之介の短篇小説である。 いまさら荒筋を説明するまでもあるまい。『今昔物語』を下敷きにした殺人とレイプの物語だが、その関係者の証言が錯綜して真実がわからない。…
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連載10307回 健康情報の渦の中で <5>
(昨日のつづき) 目下、注目の話題は、やはり減塩の可否だろう。近藤医師の「塩分を制限すると早死にする」という発言は衝撃的だった。 すでに常識として塩分の過剰摂取は体に悪い、塩分はできるだけ控え…
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連載10306回 健康情報の渦の中で <4>
(昨日のつづき) 健康情報の氾濫も、それ自体はべつに問題ではない。読者として困惑するのは、その情報の内容がバラバラなことである。バラバラどころか、れっきとした肩書きの専門家の意見が、しばしば正反対…
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連載10305回 健康情報の渦の中で <3>
(昨日のつづき) 健康ニュースが氾濫している、と書いたが誇張ではない。 手もとにある『週刊朝日』の先週号のページをめくってみる。 トップが<和牛が食卓から消える!?> それに続いて《「…
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連載10304回 健康情報の渦の中で <2>
(昨日のつづき) 健康情報の氾濫は、いっこうに下火になる気配がない。 あれほど大騒ぎしたモリカケ問題も、フリン騒動も、相撲協会の内紛も、峠を過ぎれば昨日の話題だ。 しかし、健康に関するニュ…
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連載10303回 健康情報の渦の中で <1>
この数年、氾濫し続けていた健康情報が、いまや水位をこえて濁流と化したかのようだ。 あらゆる新聞・雑誌、そしてテレビなどが競って健康情報を大きく取り上げている。 さまざまな健康情報がいろんな立…
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連載10302回 関東の寺々こぼれ話 <5>
(昨日のつづき) 浅草寺には及ばないが、参詣者の多いことでは成田山もずば抜けている。平成16年には正月三カ日だけで260万人が訪れたというから凄い。 初詣での数では明治神宮につぐ全国第2位の多…