海の教場
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<38>指輪も捨て、心底すっきり
巡視船だいせんの公室で、桃地はコーヒーをいただいた。乗組員が食事をする場所だ。金城は甲板にひとり残して来た。ひとりにして大丈夫かと船長が心配したが「あとは海が導いてくれますよ」と桃地は軽く答えた。船…
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<37>双眼鏡で見るだけの竹島に悔しさ
巡視船だいせんの甲板から、双眼鏡で見るだけの竹島を前に、金城は悔しそうに訴える。 「戦後すぐのころは韓国側に巡視船を何度も銃撃されているし、さど事件では拿捕までされているんですよ」 昭…
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<36>だいせんは海保最大級の巡視船
桃地は金城を連れタクシーで海上保安学校を出た。十五分で目的地に到着する。西舞鶴地区にある、第八管区海上保安本部と舞鶴海上保安部の大桟橋だ。 フェンスを開けて桟橋へ入る。金城は停泊中の巡視船だ…
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<35>望月は留置場の中でしょんぼり正座
翌朝、桃地は改めて菓子折り片手に京丹後警察署を訪れた。望月は留置場の中でしょんぼり正座している。桃地の姿を見るや、謝り倒した。 病室の彩子に望月の話をすると、抗がん剤治療中で青白い顔をしなが…
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<34>海上の活動家を海保が排除する
海上保安庁を端からバカにした女が、突然、電話の向こうで泣き出した。 「海保が何様? 沖縄の海を守っているなんて嘘! カイ君、海保が辺野古の海で何をしているか知ってる!?」 辺野古……。…
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<33>ビデオ通話の向こうにビキニ姿の恋人
事件の顛末に大笑いした桃地だが、ハンドルを握っていた鐵は怒る。 「桃地教官! 面白がってる場合じゃないですッ」 ごめんごめんと流し、金城に話の続きを促した。 「俺は絶望して列車か…
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<32>のろのろ運行の食堂車に自転車で並走
泥酔し、パンツ一丁で警察署内を走り回る望月に、警察官は手を焼いている。 久美浜交番の警察官が、桃地にひっそり尋ねる。 「あの望月という学生は本当に元海猿なんですか?」 海猿どこ…
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<31>パンツ一丁の泥酔男が目の前を走り行く
桃地は鐵が運転する学校の車で、学生たちが勾留されている京都府警京丹後警察署に向かった。 悠希は逮捕されたのが同じ班の仲間たちなのでカレーのスプーンを落とすほど仰天していた。望月と成瀬、平牧が…
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<30>どうして僕と母を捨てたんですか
幼少期の悠希は、桃地のことを保育園で「料理上手のパパ」と自慢していたのか……。 桃地は一拍置いて、笑いに変えようとした。 「おいしく俺の料理を食ってたんだろ」 悠希が突き放す。…
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<29>カレーには旬のものを入れるのが定番
悠希が着替えや教科書、ノートが入ったスポーツバッグを担ぎ、桃地の官舎にやってきた。桃地は主計科の海上保安官らしく夕食にカレーを作ってやることにした。 悠希のためにあけた和室で、彼は大人しくし…
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<28>夕日ヶ浦海岸に流木の大きなブランコ
ゴールデンウィークがやってきた。年末年始の休み同様、閉寮となる。 桃地は休日の居所を示す学生の申告書類に目を通す。成瀬と平牧、望月の三人は東京旅行とあった。羽田特殊救難隊基地を見学して、翌日…
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<27>潜水士の優秀者が集まる特殊救難隊
潜水士は約一万四千人いる海上保安官の中でたったの二パーセントしかいない。各管区で選抜大会があり、体力自慢の一、二位の栄冠を取った者だけが、潜水研修に呼ばれる。潜水士自体が選ばれし者の集団なのだが、更…
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<26>海上保安学校に61期の新入生たちが
四月一日。海上保安学校には61期の新入生たちが入ってきた。桃地が受け持つ60期は今日から先輩期として、後輩たちに制服や作業着の着用方法、寮のルールを教え指導する立場になる。 舐められないよう…
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<25>悠希の父親そっくりの後ろ姿
桃地はICUに飛んで行った。だが、「家族の面会しか許可できない」と、扉の中に入れてもらうことすらできなかった。桃地は看護師に食い下がる。 「ガラス越しでもいいんです、顔だけでも」 「規則…
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<24>校旗を抱え、一糸乱れぬ足取りで進む
三月末、海上保安学校59期卒業式が行われた。去年四月に入学した船舶課程や海洋科学課程の学生たちは全国の着任地へ散らばり、巡視船艇でその海上保安官人生をスタートさせる。 航空課程の学生たちは宮…
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<23>校旗の儀式は舞鶴だけの伝統
三月になった。 放課後、桃地は卒業式が行われる講堂をのぞく。 金城が校旗手に選ばれたのだ。 ドンッ! 厳粛な足音が聞こえる。ジャージ姿の三人組が入場の練習をしている。…
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<22>元カレ?しかも消防官だと!
二月に入ってから全く体重が落ちなくなった。最初の一か月で七十キロまでは落とすことができたが、ここから全く減らない。水を飲むだけで太る。空気を吸うだけで太る。 朝食抜きで出勤した桃地はぐうと鳴…
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<21>嬉しいよ。でもプロポーズはなし
映画のあと、近くのカフェで茶をした。彩子はよほどゾンビ映画が楽しかったようで、もし自分ならヘリをこう動かしてSSTを降ろすと具体的な話を始めた。海上保安庁の特殊部隊、SSTこと特殊警備隊は、彩子が所…
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<20>暴風雨の中、彩子の操縦で救助
十年前。佐賀県唐津沖の岩礁で起こった海難事故でのことだ。 突然天候が悪化し、釣り人三人が岩礁に取り残されているという一一八番通報が入り、第七管区海上保安部所属の各巡視船艇に緊急出港命令が出た…
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<19>彩子のヘリへの未練が両手に出ていた
年が明けた。 桃地は主治医の許可を得て、彩子を外出に連れ出した。ずっと入院着姿だった彩子はスリムジーンズに青いざっくりとしたニットを着て桃地を待っていた。余命一年には思えないほどアクティブに…