「日本全国タイル遊覧」吉田真紀著
今では目にする機会が少なくなったが、かつては建物内外の装飾に多くのタイルが用いられてきた。ひと口にタイルといっても、1センチ角にも満たない「豆タイル」から、30センチ角もある大きくて分厚い「敷瓦」まで、大きさも、そして柄や質感も実にさまざまなタイルがあり、それらが絶妙な組み合わせによって建物に表情を与えてきた。
そんなタイルの魅力にハマって、全国各地の建物を巡り歩いてきた著者によるビジュアル紀行。
観光スポットとして人気の赤レンガ造りの北海道庁旧本庁舎。その裏手に1968年に建てられた現本庁舎は、古典的な西洋建築の旧本庁舎とは対照的な12階建てのビルだが、その内部に入ると、この年代ならではのアナログな魅力に出合えるという。
それが吹き抜けホールに面した2階の廊下の壁一面に張られた六角形の大型タイルだ(写真①)。鋳物のような金属光沢を放つタイルは、素材を生かした平面なものと、中心から放射線状にそれぞれの角に向かって筋が入れられた2種類が独特のリズムを作り出す。放射線状の模様は雪の結晶や星のきらめきを彷彿とさせ、落ち着いた色合いながらも北の大地にふさわしい印象を醸し出す。
そのすぐそば、北海道大学植物園内にある宮部金吾記念館もタイル探訪にははずせないスポット。この建物は、同大学の前身の札幌農学校キャンパスに1901年に建てられた講堂の一部で、1942年に現在の場所に移築されたものだという。
見どころはその玄関。外壁用や床用、内装用までさまざまなタイルがランダムに敷き詰められ、まるでタイルの展示室の趣だ。
面白いことに、いくつかのタイルはなぜか裏向きに張られており、そこに刻まれたメーカー名やロゴマークから、大正末期から昭和の戦前ごろまでに作られたものだと分かり、移築以降に追加されたもののようだという。
廃材を転用したものか、サンプルとして取り寄せたものか。著者は工事にあたり、タイルマニアの関係者が個人コレクションを大放出したのではないかと密かに推測する。
タイルといえば四角形だが、山形県鶴岡市にある「料亭新茶屋」では、花や鳥などをかたどった「形象タイル」と呼ばれるかわいらしいタイルと対面。
形象タイルが使われているのは男性トイレの壁。そこに竹の支柱に巻き付いて咲く朝顔の花の意匠が施されているのだが、その朝顔の花がタイルなのだ(写真②)。朝顔と呼ばれていた男性用の小便器にかけた洒落らしい。
ほかにも便器の仕切り壁や床、手洗い場などトイレの中はいたるところが多彩なタイルによって装飾されている。だが、女性トイレはいたって普通だとのこと。かつて料亭のお客はほぼ男性だったからだ。
以降、北から南まで46の建物を巡り、これまで見過ごしていたタイルの魅力に気づかせてくれる。あなたの身近にも、お洒落なタイル装飾がきっとあるはず。
(書肆侃侃房 2090円)