歴代天皇は「徳を積む」ことにこだわった 昭和天皇の帝王教育はどうだったのか
明治天皇は小さい頃から、父・孝明天皇から和歌を詠む教育を受けたが、これは「帝王学」というより、書道などと並んで「オク」(天皇家のプライベート領域)における素養のようなものだ。維新が成って東京に遷都すると、改めて軍事や外国語、西洋の政治などを学ぶが、昭和天皇のような大掛かりなものではなかった。
ところで、新政権ができると明治天皇は頻繁に地方を巡幸した。それは、当時は天皇の存在すら知らない人が多かったからだ。とすれば、明治以前は庶民に天皇の徳を示していないのだから、「帝王学」は知識のみで実体はなかったということだろう。
大正天皇は初めて学習院で正規の教育を受けた天皇である。ただ、生来、体が弱かったせいか、中等科1年で中途退学し、東宮御所で東大の教授陣から個人授業を受けることになった。漢詩などには非凡な才能がある一方で、肝心の軍事などには興味を示さず、後日、陸軍や海軍の大演習を統監することもあまりなかったという。大元帥というよりもリベラリストだったのかもしれない。いかにも大正デモクラシー時代の天皇である。
ただ、この「帝王教育」は為政者にすれば失敗だったようで、のちに昭和天皇の「帝王学」が国家的事業となったのも、この反省の結果だったのかもしれない。 (つづく)