“原発の町”福井・高浜町で起きた狂気の事件の顛末
関西電力の原発マネー還流事件だけではない…話題の書に震撼!
関西電力の八木誠会長らによる約3.2億円もの原発マネー還流事件が世間を騒がせるなか、2011年に刊行されたショッキングなノンフィクションが再び注目されている。「関西電力『反原発町長』暗殺指令」(齊藤真著、宝島社)がそれだ。著者に話を聞いた。
■町長の喉元を犬に食いちぎらせろ!
「関西電力『反原発町長』暗殺指令」は、ジャーナリストの齊藤真氏が、原発銀座として知られる福井県高浜町の「ありえない事件」に斬り込んだノンフィクション。
取材のきっかけとなったのは、関西電力から指示され警備会社「ダイニチ」を立ち上げた幹部が、核燃料を再利用する「プルサーマル計画」に反対していた今井理一町長を殺害しろと指示された事実を著者に明かしたことだった。
その殺害方法は、原発警備のために飼育していた大型犬ベルジアン・シェパード・ドッグ(マリノア)に町長の喉元を食いちぎらせろというもので、指示をしたのは関電のK幹部(当時)だった。
「加藤さんや矢竹さん(「ダイニチ」の幹部)としては、関西電力が警備会社を作れと言っておきながら、まともな対価を払ってくれなかったことに憤りを感じていたのです。それがすべてだったのですが、やがて『実は、高浜の原発の所長が(町長を)犬で殺れって言うんや』って言い出したんですよ」
関電の原子力発電所が民主主義を壟断
かくして取材を重ねた齊藤氏が『週刊現代』に企画を持ち込んだ結果、3回にわたり特集が組まれた。
「関電は必ず訴えてくるだろうと思っていましたし、当時の週刊現代の編集長も『訴訟は避けられないだろうけれど、それはもう織り込み済みですよ』という感じだったんです。ところが、まったく反応がなかったので逆に違和感がありました」
一般的に、これだけインパクトのあるトピックに対して抗議が来るのは当然である。なのに、なぜ反応がなかったのか。その理由はいまだ不明だが、事態は最終的に、加藤氏と矢竹氏の不当逮捕にまで及んでしまう。無実の罪で捕まるとは考えられない話だが、そもそも原子力村は、民主主義など通用しない世界だったのだ。
「ある意味で高浜町は、関西電力の原子力発電所が民主主義を壟断している町。彼らが欲しいままにしてるんです。たとえばK幹部は、『ここの町議会は議員が17人なんだから、9人いればなんでもできる。あとの8人はどうだっていいんだ』と言うわけですよ。矢竹氏も『お前も出ていいんだぞ。出るとなったら家を建ててやるから、高浜町に住民票を移せ』と言われたそうです。事実、何人かは町議になって桧造りの家を建ててもらっています。つまり、そういう世界なんです」
■サスペンスドラマのような恐ろしい現実
当時の関電は、核燃料を再利用する「プルサーマル計画」の国内第一号運用に躍起になっていた。だからこそ、恐れていたのは住民投票だ。プルサーマル反対という投票結果が出ようものなら取り返しがつかない。そのため、地元で関西電力や高浜原発に対して異議を唱え、住民投票の招集をかける権限を持っていた今井町長が邪魔だったのだ。B級サスペンスのような話だが、それが現実だった。
「プルサーマルをどこよりも先に高浜原発で実行することは、K幹部の使命だったんです。ですから、今井町長がその是非を問う住民投票をやると言い出したら困る。そこで、加藤氏たちに命令したわけです」
こうした現実を知り、齊藤氏も「この町はそういう町なのか。公平に民意を反映する民主主義が、きっとありえないんだろう」とショックを受けたという。そして、それが寂しくもあった。
水上勉が、故郷福井への想いを綴った文章
「僕の好きな作家の水上勉さんは(福井の)大飯出身なんですが、著作『故郷』の中で、原発のために変貌した故郷への想いを綴っているんです。静謐な文章で、心に訴えてくるものがあって……。水上さんがもし生きていらっしゃったら、こういう事件についてどう思われただろうなあと感じますね」
だから、齊藤氏はデカルトの『すべてを疑え』という言葉を引用しつつ、「多くの人に現実を知ってほしい」と訴える。
「もし福島の原発事故がなければ、高浜原発は高浜町においては正しいものだったと思うんです。しかし本当は、疑わなきゃいけない。週刊現代が出たときに無視されたのも、原発を疑ってない人たちのなかに『関西電力がそんなことをするはずがない』という気持ちがあったからではないでしょうか。でも、それだといつか足元をすくわれるかもしれない。ですから本書を読んでいただき、自分の身は自分で守らなければいけないということに気づいていただければと思います」
我々にとって、「疑う」ことは、重要なのだ。
▽齊藤真 ジャーナリスト。週刊誌編集者を経てフリーランスに。著書に齊藤寅名義の『世田谷一家殺人事件』(草思社)。