タブレット純
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「『永ちゃんとサザンのコラボ』と言って、大川栄策の『さざんかの宿』を歌うと受けます(笑)」
現在は寄席でも認知されつつある純だが、舞台に上がる際の飲酒癖は克服できたのか。 「東洋館に出始めたころはまだ、焼酎入りペットボトルを手放せず、飲んで舞台に上がってました。マヒナ時代同様、緊張感を和らげるためですが、なんとか飲ま...
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漫談を披露したら松平直樹さんに「おもしれえなあ。お前さん、1人でやっていけるよ」言われ感激
2013年当時、<演芸パレード>(TBS系)という番組があった。司会は伊東四朗と今田耕司。私は若手芸人のオーディションのコーナーに、審査員として出演したことがある。 「実はその時、僕が出ていたんです。他の若手には辛口の批評をし...
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介護、スナック、時々マヒナ…こんな生活も和田弘さんが亡くなり2年ほどしか続かず
純は新生マヒナスターズのメンバーになったものの、それだけでは生活ができない。 「ギャラは1本3万円。そんなに仕事がなかったので、以前働いていた介護施設で非常勤のヘルパーとして働きながら、地元の相模原のスナックで歌ってました。『...
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「いきなり『何か歌って』言われたので『泣きぼくろ』を歌ったら『今日からお前はメンバーだ』と(笑)」
純が新宿の歌声喫茶で働いていた頃、思わぬ好機が訪れる。 「マヒナスターズのメンバーで、ギター奏者の日高利昭さんが講師をしていたカラオケ教室に通い始めたんです。そこで日高さんに、『今、和田とヤング版のマヒナをつくろうかと話してる...
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「和田弘とマヒナスターズ」のメンバーが芸人に…女性かと見まごう風貌の珍エピソード
落語協会所属のタブレット純は寄席に出ていて、漫談と声帯模写が売り物だが、他の色物芸人とは違う異色の経歴を持つ。なんと、ムード歌謡コーラスの草分け、和田弘とマヒナスターズのメンバーだったのだ。元歌手が、どんな経緯で芸人に転身したのか、...