熟読乱読 世相斬り
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【魂の糧】無頼派だが学究肌、活字に飢えた作家を虜にしたのは?
小説家としての活動期間はわずか5年ほどだったが、隆慶一郎は20世紀後半の伝奇ロマン小説のジャンルに巨大な足跡を残した。 本名の池田一朗名義では、三十数年にわたり映画やテレビの脚本家として活躍…
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【伝奇ロマン】爽快な異文化交流、「ゴールデンカムイ」が終わってしまった喪失感
伝奇小説という名称は、中国の六朝時代の志怪小説に端を発し、その後唐の時代に発展し宋朝の頃まで盛んだった短篇形式の怪奇譚を指すのが本来である。「邯鄲一炊の夢」で有名な唐代の小説「枕中記」などが、その典…
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【家の恐怖】横溝正史がいま欧州で売れている おどろおどろしさと知的ゲームの上質さ
因習的な旧家の中で起きる血みどろの惨劇、といえば横溝正史の金田一耕助シリーズがすぐさま思い浮かぶ。戦時中はさまざまな規制によってのびのびと推理物が書けなかった横溝が、戦後爆発するように執筆した「本陣…
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【ドッペルゲンガー】安倍元首相が撃たれてから頭にこびりつくポーの小説
このひと月近く、エドガー・アラン・ポーの短篇小説「ウィリアム・ウィルソン」(『黒猫/モルグ街の殺人』 小川高義訳=光文社古典新訳文庫に収録)が、私の頭の片隅にずっとうずくまっている。有名な作品なので…
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【芭蕉vs.AI】感情を持たないAIが俳句を詠む「奇妙さ」がまた面白い
産業から文化に至るまで、各分野でのAIの活躍が話題にならない日はない、といっていいほどの今日このごろである。文学においてもそうで、たとえば中高時代に私と同級だった友人の人工知能学者・松原仁氏は、星新…
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【正しいのはどっち?】「日本国語大辞典」の元編集者が「微妙な日本語」を網羅
文筆業者にとって恥ずかしいしくじりの筆頭は、言葉の間違いだろう。私も校閲の方に救っていただいた経験が幾度となくある。最近では、「やおら」という副詞をうっかり「いきなり」の意味で使いかけた。「やおら」…
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【水中に宝あり】海底遺跡調査で元寇の「神風」の謎も解けた
考古学と聞くと、私の場合、地面を掘って昔の土器や住居跡などを発見する様子を反射的に思い浮かべてしまう。しかし、水の中にある遺物を探索する水中考古学という分野もある、ということをつい最近知った。 …
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【多様性に酔う】未知の赤ワインの起源を探すノンフィクション
ささやかなきっかけから思いもよらない探索の旅が始まることが、稀にある。「古代ワインの謎を追う」の著者ケヴィン・ベゴス氏は、2008年の春、ヨルダンの首都アンマンのホテルで、そのきっかけに出会った。部…
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【加害は洗い流せない】日本軍の侵攻の歴史と彼らが残した秘湯とのギャップ
ゆったりと風呂につかって、一日の疲れをほぐす。最高である。昔ながらの銭湯に入って、富士山の絵を眺めながら手足をのばす。至福である。名湯の地で露天の温泉に身をゆだね、川のせせらぎや鳥の声に耳を傾ける。…
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【「世界」の輪郭】若い頃のひとり旅がタイムマシンで甦る
〈京都駅から東海道本線で東京へ、そこから中央本線で塩尻を経由し名古屋へ、ここから関西本線、紀勢本線、阪和線とたどって紀伊半島をめぐり、大阪の天王寺から大阪環状線、東海道本線を経て京都駅に戻ってくる、と…
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【惜しむ】中島敦を読むといつも「旅人」の視線を感じる
昭和17年の冬、中島敦が33歳の若さで逝った時には、彼の声価をゆるぎないものにした作品「李陵」はまだ世に出ていなかった。「名人伝」や「弟子」も同様で、わずかに「山月記」のみが、没年の7月に刊行された…
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【漢詩でなごむ】美酒に酔い、朗誦する。人はこの欲求に勝てない
カラオケというものは、どうも苦手である。しかし、ほろ酔いになった人が「カラオケ、行きましょう!」となる気分は、ちょっとわかる気がする。 私の解釈では、あれは古代以来連綿と続いてきた「詩心」の…
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【昔も今も】古代漢帝国にタイムスリップして一日を体験する
ずいぶん昔のことだが、イタリアの世界遺産を見学するという番組に出演し、ある有名な女優さんとヴェスヴィオ山の噴火で滅んだポンペイでご一緒したことがある。番組の進行上、私が噴火前のポンペイの人々の日常を…
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【否定から肯定へ】目を背けたくなるような貧困と向き合ってきた著者の方程式
もう十数年前になるが、石井光太氏のデビュー作「物乞う仏陀」を読んだ時の衝撃は、今でもはっきり覚えている。アジア、中東、インドを巡歴しながら、障害のある物乞いの人々に密着して彼らの生を描きだしたこのノ…
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【「片隅」を守る】白黒の原作漫画には映画にはない静かな炸裂がある
「ひまわり」に続いて今回も大学ゼミのネタです。戦争を題材にした映像作品としてゼミ生諸君が選んだ中に、日本のアニメ映画「この世界の片隅に」があったので、「ひまわり」の次にとりあげることにした。こうの史代…
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【ウクライナのひまわり畑】ソフィア・ローレンの感動名画にもいくつもの闇
新学期が始まって1カ月。このコラムでも何度か書いたが、ここ数年、大学のゼミでは映画を素材にして「物語」の構造と「感動」の関係を探る、という授業をやっている。手順としては、どんな素材を取り上げたいかを…
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【普遍的人権】国連安保理は国際人権を踏みにじる総本山なのか?
目を覆いたくなる残虐行為が戦争という形でまかり通る時、「人権」という言葉が叫ばれても果てしないむなしさだけが胸をしめつける。人権は人命がまず保全されての話だ、という気持ちになってしまうからだ。しかし…
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【家族と政治】「家族形態」から読み解くプーチン支配 それでは日本は?
月刊「文藝春秋」の5月特別号に、フランスの人口動態学者・歴史社会学者のエマニュエル・トッドへのインタビューが載っていた。タイトルは、〈日本核武装のすすめ〉というひどく刺激的なものだ。もっとも、これは…
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【改良型キャッチ=22】指導者は正気でなけければならない、とどまろうとするのは狂気なので解任する
このひと月のあいだに、世界には破滅をもはらんだ人為的ジレンマが生まれてしまった。プーチン大統領のウクライナ侵攻に西側諸国の制裁が発動されているが、制裁をしすぎると彼が核兵器を使用する怖れがある、とい…
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【「陰キャ」と「根暗」】その時代の「ことば」に寄り添う酒井順子さんの誠実
学生相手に今どきの「若者言葉」を使ってしまい、あとから「ウッ」と自分の軽薄が呪わしくなることがある。また、とっくに死語と化したかつての流行語を無意識に使ってしまい、学生が首をひねるという逆バージョン…