社長の趣味論
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ビデオ工房トパーズ 中村雅哉さん(1)昭和レトロのラジオやラジカセ、取扱説明書なども用意可能
各種発表会や音楽会、催し物などのビデオ撮影・録音・編集・DVD等の制作業務を行っているビデオ工房トパーズの中村雅哉さん(1961年生まれ)は、「ラジオ・ラジカセミニ博物館」「オーディオミニ博物館」「…
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テクノヒル 鈴木一行さん(4)相模湾から眺める富士山、外洋航海中に見る日の出…本当に自然は美しい
高校2年からはじまった鈴木さん(1955年生まれ)のヨット歴は51年を数える。 現在は公益財団法人日本セーリング連盟の評議員、国際委員として、またA級ジャッジ、ナショナル・レース・オフィサー…
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テクノヒル 鈴木一行さん(3)「大きな事故は減ったが自然は怖い」
鈴木さん(1955年生まれ)が高校生の頃から挑み続けている外洋ヨットレースとは、大海原を舞台に大型ヨットでスタートからゴールまでの時間を競う競技。 逗子マリーナ沖をスタートし、烏帽子岩を回航…
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テクノヒル 鈴木一行さん(2)16歳の頃、油壺でヨットに乗せてもらい魅力にはまった
鈴木さん(1955年生まれ)がヨットに乗り始めたのは高校2年生、16歳の頃。商社に勤めていた義兄に誘われたのがきっかけだった。 「油壺(神奈川県三浦半島)で義理の兄にヨットに乗せてもらって、す…
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テクノヒル 鈴木一行さん(1)石原裕次郎さんと一緒に「サンバードV」に乗った
鈴木一行さん(1955年生まれ)が見せてくれたたくさんのヨット関係の写真の中に、昭和の大スター・石原裕次郎さん(1934~87年)と一緒に写っている写真があった。 水色の半袖シャツに青い短パ…
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喜代村(すしざんまい)木村清さん(4)嵐に襲われ船の上で1週間、死を覚悟した瞬間も
七つの海を股にかけてマグロを追い求めてきた木村さん(1952年生まれ)は、ときには命からがらというような危険な目に遭ったこともあるという。 大西洋クロマグロを求めてアイルランドの港から出航し…
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喜代村(すしざんまい)木村清さん(3)1匹釣るのに2時間以上かかったりするのでヘトヘトに
「マグロ大王」の異名を持つ木村さん(1952年生まれ)は、マグロやカジキの釣り大会があると必ずといっていいほど「出てください」と声がかかるという。日本国内はもとより、海外の大会からもオファーがあるそう…
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喜代村(すしざんまい) 木村清さん(2)他の人が釣れなくても私が行くと釣れちゃうんですよ
勤めていた水産会社を辞めて木村さん(1952年生まれ)が自分の会社・木村商店を創業したのは1979年、27歳の時のこと。「今あるものより、いいものを提供する。しかも自社で開発する」をモットーに多くの…
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喜代村(すしざんまい) 木村清さん(1)子供の頃、いろいろな方法で魚を獲っていた
すしざんまいを経営する喜代村のホームページに「マグロ大王の部屋」というコーナーがあり、そこに社長の木村さん(1952年生まれ)の趣味=魚獲りと書いてある。 魚を釣るのが趣味であれば、普通は趣…
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アサヒユウアス 高森志文さん(4)温泉談義で距離感が縮まる 仕事での人間関係構築にも役に立った
これまでに日本全国1500カ所以上もの温泉を巡ってきた高森志文さん(1967年生まれ)は、温泉巡りで得た温泉や温泉地についての幅広い知見が、仕事上の円滑な人間関係構築におおいに役立っているという。 …
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アサヒユウアス 高森志文さん(3)梵梵温泉は川の中をバシャバシャ歩いて行く大冒険でした
温泉オタクを自任する高森志文さん(1967年生まれ)がとくに好んで訪れる温泉は3つのタイプに分類できる。 1つはたどり着くまでに何時間も歩くような場所にある温泉。2つ目は足元湧出温泉。そして…
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アサヒユウアス 高森志文さん(2)自称・温泉オタクが大事にするのは「お湯の新鮮さ」
高森志文さん(1967年生まれ)は過去15年ほどの間に1500カ所以上もの温泉巡りをした自称・温泉オタク。多いときは1年間に200カ所巡ったこともある。 「温泉に入りまくっていた頃は、土曜の朝…
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アサヒユウアス 高森志文さん(1)1500カ所以上を巡る温泉マニアになったきっかけ
アサヒユウアスは、アサヒグループホールディングスが2022年1月1日に設立した会社。世の中のニーズに応えつつ、地域の課題を解決することでサステナブルな社会の実現を目指している会社だ。 プラス…
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電巧社 中嶋乃武也社長(4)社員に語る「仕事と遊びを区別するな」の真意
2020年に港区芝に移転した電巧社の本社ビルには「Mシアター」がある。最新のステージ照明、音響、映像装置などを備えた中嶋乃武也さん(1960年生まれ)自慢のシアターだ。機械的に昇降する階段状の座席に…
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電巧社 中嶋乃武也社長(3)商社マン時代は海外の取引相手との関係を築くのに役立った
中学、高校、大学と手品に打ち込んできた中嶋乃武也さん(1960年生まれ)だが、さすがに伊藤忠商事入社後は手品の練習に割ける時間も手品を披露する機会も大幅に減った。 しかし、長年腕に磨きをかけ…
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電巧社 中嶋乃武也社長(2)三越本店のおもちゃ売り場で見た実演販売の手品に感動
中嶋乃武也さん(1960年生まれ)は、小学校低学年の頃から手品に興味を持っていた。 「小学生の頃、親にねだって誕生日に手品の道具を買ってもらいました。本当にのめり込んだのは中学生のとき。今でも…
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電巧社 中嶋乃武也社長(1)「不思議なもの、怪しいものが大好きなんです」
電巧社(1928年創業)はビル用電気設備や産業用電気品、IT機器などを幅広く扱う電気商社であり、配電盤メーカーでもある。さらに空調・電気工事、ソフトウエア開発、省エネ支援等々、電気に関わる製品とサー…
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アサヒグループHD常勤監査役 奥田好秀さん(4)学歴や職業より「いい虫をつかまえた人」が偉い
高校、大学と昆虫採集に明け暮れていた奥田さん(1956年生まれ)は、社会人になってからも週末や連休、休暇のたびに昆虫採集に出かける生活を続けていた。 しかし、取締役になるとさすがにそういうわ…
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アサヒグループHD常勤監査役 奥田好秀さん(3)「チビゴミ屋」ことチビゴミムシに引かれたワケ
学生時代はカミキリムシとクワガタムシの採集に夢中になっていた奥田さん(1956年生まれ)だが、社会人になるとチビゴミムシに引かれるようになり、現在にいたるまでチビゴミムシの採集と研究にいそしんでいる…
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アサヒグループHD常勤監査役 奥田好秀さん(2)ヒグマに襲われないよう焚き火してカミキリムシを採集
日本甲虫学会の副会長を務める奥田さん(1956年生まれ)が甲虫の魅力に取りつかれたのは今から50年ほど前、高校1年のこと。入部して間もない生物部の夏の合宿で、カミキリムシの珍種を採集したのがきっかけ…