海の教場
-
<19>彩子のヘリへの未練が両手に出ていた
年が明けた。 桃地は主治医の許可を得て、彩子を外出に連れ出した。ずっと入院着姿だった彩子はスリムジーンズに青いざっくりとしたニットを着て桃地を待っていた。余命一年には思えないほどアクティブに…
-
<18>婚約指輪は給与三か月分が相場と聞くが…
桃地は冬休み直前の週末、高速バスに乗って神戸に行くことにした。 まだダイエット半ばだが、冬休み中に彩子にプロポーズする計画を立てている。 婚約指輪が必要だ。 三宮バスターミ…
-
<17>若い肉体にまじって保安体操の腕を振る
第二章 嫌われ者 舞鶴の海上保安学校に冬が訪れた。 主計3組は変わらず、教室のど真ん中の席に菊の花が咲き誇る。桃地が赴任してすぐは菊の他に色づいた紅葉やイチョウが差し込まれていたが、い…
-
<16>古時計を我が教え子のように撫でてやる
タクシーを拾い、成瀬を海上保安学校に送る。 車を降りた桃地は成瀬の肩に腕を回しながら、反対の手で脇腹を突いた。 「頼んだぞお前、俺は彩子さんに肝臓をやるためにダイエットする。医学的見地…
-
<15>なんで過去プロポーズを断ったんです?
「奥さん、日本酒あるかな」 中華料理屋の奥さんは鳥取の銘酒、満天星を燗して持ってきてくれた。成瀬のお猪口に注ぐ。成瀬はありがたがりながら、ぼやく。 「後任教官のプライベートをいきなりあれ…
-
<14>卒業パーティーでエイサー踊って大騒ぎ
桃地は成瀬を舞鶴総合病院の彩子の病室へ引っ張っていった。面会時間終了まであと五分だったが、一刻も早く伝えたかった。 「はじめましてッ。船舶課程主計コースの成瀬学生です!」 緊張気味の成…
-
<13>医大を目指すも浪人を繰り返し…
成瀬の両親は、地元の大病院で数々の難解な外科手術を請け負う外科医だ。 そんな両親に憧れて成瀬も医大を目指していたが、浪人を繰り返していた。当時の心境を、成瀬が語る。 「三浪目に入ると、…
-
<12>京丹後半島の山々に夕日が落ちる
五老岳の頂上に到着する。駐車場に車を置き、展望広場に向かった。 夕日が西の京丹後半島の山々に落ちたところだった。青い海と緑の山が赤く染まる。空に残った雲の陰影も濃い。 「曇りの日もきれ…
-
<11>気分転換させようと市内をドライブ
桃地は成瀬を愛車のマークXジオの助手席に乗せ、ドライブに出た。 なるべく学校生活に触れないように雑談をふり、気分転換させようとするうち、舞鶴市内を観光する流れになっていた。 成瀬は岡…
-
<10>あの時一緒についていってやれば
初日、桃地が担当する『経理補給』の授業はなく、主計コースの他の授業を見学させてもらった。 主計3組の夕礼では朝と同様、連絡事項を伝えるのみだった。いきなり彼らの心に響く訓示を言えるでもない。…
-
<9>髪を切るまで授業には出させない!
海上保安学校は午前六時半に一斉起床だ。すぐにグラウンドに集合して海上保安体操を行う。 学校の敷地は海と山に挟まれている。北側に面する白糸湾が昇り切った朝日を反射する。内湾の穏やかな波の音、山…
-
<8>自分が船に乗ったら迷惑だ…
自殺した臼井湊は警察官だった。 体つきは立派で、公安組織に所属する人間に求められる基本動作も身についていた。十月に入学したころから、教官に頼りにされていたようだ。 海上保安学校の寮生…
-
<7>隣人の修羅場に慌てて退散
桃地は改めて、海上保安学校のクラス編成を教えてもらう。 「課程はいま何個あるんですか?」 「船舶運航システム、情報システム、管制、航空、海洋科学、この五つだよ」 比内校長から船舶…
-
<6>菊の花の存在感で教室内は緊迫
「どうして先に言ってくれないんスか、自殺者が出たクラスの担任教官をやるって!」 42教室を出て、教舎の並びにある本館に戻ったところで、桃地は比内校長に抗議した。 菊の花がすさまじい存在…
-
<5>同期が眠る慰霊碑に手を合わせる
『悠魂』の慰霊碑を前に、桃地は手を合わせる。 海上保安学校を卒業し殉職した御霊、三十九柱が祀られている。 桃地は石碑の裏手に回り、その名前を確認する。 当真航希、享年二十四。 …
-
<4>なんの因果か、急に異動が決まって
二週間後、桃地は東京で引っ越しのトラックを見送り、愛車のマークXジオで京都府舞鶴市に入った。 舞鶴総合病院の駐車場に車を停め、受付で面会申し込みをする。 「高浜彩子さんは消化器内科病棟…
-
<3>悠希は5歳まで桃地を父親と勘違い
退庁と同時に桃地は大型書店に走った。がん治療に関する本を買い漁る。 自宅官舎でカップラーメンをすすりながらページをめくった。役に立ちそうな情報には付箋を貼る。あやしげな代替医療を強調する本は…
-
<2>抗がん剤治療を続けても余命1年
桃地は自席に戻った。電話の音で我に返る。地下の喫茶店からどうやって戻って来たのか、覚えていない。 「はい、海上保安庁主計管理課」 相手は財務省の支出官だった。 桃地は海上保安官…
-
<1>15年ぶりに学生時代のマドンナと再会
第一章 余命宣告 桃地政念は男子トイレで歯を磨いていた。 血がにじむほど。 十五年ぶりに学生時代のマドンナと会う。つい五分前に電話が鳴ったのだ。 「私、高浜彩子。いま本庁…