ラストエンペラー
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(20)漁師になったのは自然の成り行き
〈3〉 十年一昔とはいうものの、それ以上の時が経っても、東北沿岸部を襲った大津波の痕跡は色濃く残っている。 例えば年月を感じさせない防波堤のコンクリートの質感、なによりも雑草が生い茂る…
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<19>売れる車を造ってご覧にいれる
「最高峰の舞台で、最高のマシンを造ったあの二人が、車造りに対する情熱を失ったとは思えません。ガソリン自動車が、いや車造りのあり方が、根本から変わろうとしている今、F1であろうと、大衆車であろうと、この…
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(18)エンジニアは二度と車造りに携われない
紛れもない事実だけに、言葉を返せないでいる氷川に向かって、村雨は続けた。 「それはなぜか。高性能バッテリーの開発に成功すれば、市場はEVだけではない。電力を動力源とする、あらゆる製品に使えるか…
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(17)後世に残る最高の車でなければ
「なるほど。今後製造するのはEVのみとなれば、ガソリンエンジン開発部門の社員は余剰人員となる。他部門で吸収できる人数には限りがあるから早晩、優遇制度が公表されると読んでいるわけだ」 行動に移す…
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(16)辞めたあの2人に開発を頼みたい
「トミタへの愛着もあったでしょうが、やっぱり佐村君と三人四脚で、頂点に立ちたいという夢があったんじゃないかと思うんです」 「つまり、佐村君亡き後のF1で勝利しても意味はないと?」 「そして…
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(15)あの事故がよほど堪えたんだろう
戸倉謙太郎は、トミタのスポーツ車に搭載するエンジン開発に長く携わってきたエンジニアだ。 トミタが参戦を決めてからは、F1エンジンの開発をチーフエンジニアとして指揮してきたのだったが、撤退が決…
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(14)ガソリン車?いまさらかね?
「空いておりますが、その前に一つお考えを伺いたいことがございまして……」 村雨はソファーの上で、姿勢を正した。 「考えを訊きたい? 君が、そんなことをいうのは珍しいね。どんなことだ?」 …
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(13)私はEVだと確信していたからね
かつて、氷川はこういったことがある。 「オーナー企業は別として、サラリーマンが社長になる会社では、社員全員にそのチャンスがある。経営者に求められるのは結果のみ。部長であろうと、課長であろうと、…
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(12)ご褒美の時間も人生には大切
「失礼いたします……」 トミタ本社の最上階、社長室の隣にある会長室を村雨が訪ねたのは、壇との会食から二日後のことだった。 「お体の具合はいかがですか? 検査入院と聞きましたが、長くなって…
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(11)壇は村雨の視線を捉えたまま沈黙
村雨は続けた。 「新事業への進出、既存事業からの撤退、どちらも難しい仕事だが、より困難が伴うのは間違いなく後者だ」 その理由は、改めて説明するまでもないだろう。 新事業への進出…
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(10)歴代最高となる車を造ってみたいんだ
村雨は、再び壇の言葉を遮った。「トラックの製造事業は系列会社がやっていることで、うちの主力は自家用車だ。水素自動車の開発も行ってはいるが、市場の本流は完全にEVじゃないか」 「確かに、その通り…
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(9)私に社長なんて務まるわけが──
「つまり、動くパソコンとはいってもソフトウエアよりも、他社に先駆けてハードの性能を高めて行くかが鍵になると考えているんだね」 「あれもできる、これもできるも大切ですが、スマホにしたってユーザーが…
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(8)スマホと同じ基準で車を選ぶように
「要は確率論の問題なんだよな」 村雨はいった。「完璧なシステム、機械なんてありはしないからね。事故が起きて、分析の結果システムや機械に原因があったら、つど改善していけばいいだけの話なんだ。実際…
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(7)自動運転でタクシーが完全無人化に
「機械やシステムにトラブルはつきものです。ただちに対処できる人間がいなければ、航空機の場合、乗客もろとも墜落しちゃいますからね」 「その点、自動車は違うというわけか」 「止めればいいだけで…
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(6)自動車というより社会が変わっていく
「では、なぜ社長を降りるとおっしゃるのですか?」 いよいよ話が佳境に入ろうかというその時、ドアがノックされると、ウエイターが姿を現し、シェリー酒に満たされたグラスが二人の前に置かれた。 …
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(5)自動車産業はまさに大転換期
「冗談なんかじゃないさ。私は本気でいってるんだ」 グラスを口元に運ぼうとした、壇の手が止まった。 村雨は続けた。 「改めて話すまでもないが、自動車業界は、まさに産業革命といえる大…
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(4)火炎の中の佐村を引き摺り出す
一人の男が炎の中をのぞき込むと、次の瞬間、火炎の中に腕を入れた。 ドライバーの体はベルトでシートに固く固定されており、この状況下では彼がロックを解除するのは不可能に思われた。 ところ…
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(3)搭載カメラの映像が途切れ…
この二シーズン、佐村はトラブル続きで、ドライバーズポイントは低迷している、年齢も三十五歳。しかも東洋人だ。 だから佐村には、このレースで結果を出す必要に迫られていた。 速度は二六○キ…
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(2)コーナーを抜け、佐村が完全に前に
モニターに表示されるデータに異常はない。燃料の残量にも問題はない。気になるのはタイヤの摩耗具合だが、こちらも何とかもちそうだ。 松浦は佐村のマシンに搭載した、車載カメラの画面に目をやった。 …
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(1)F1は従事する者にとって過酷な世界
◇プロローグ◇ 「三位のハンスまで、二・三一秒。行けるぞ、ヨシ! プッシュ、プッシュ……」 マシンのデータが埋め尽くすモニターを見ながら、松浦健吾はいった。 冷静にいったつもりだ…