艶化粧
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(19)艶を出すために白粉を丁寧に
瓦版は、地獄の売薬人にご用心と結ばれていた。 「旦那。その売薬人が、此度の下手人ですね。これまでの五人と、この娘も」 一太の顔が怒りで膨れ上がる。 「一太、今すぐこの瓦版屋へ行け…
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(18)ならば、この骸はいったい誰なのか
おちえはむしろで覆われた亡骸に眼を落とす。お照は道俊の腕を掴み、顔を逸らしている。 「お願いします」 一太が、むしろを剥いだ。おちえとお照の眼がその亡骸に注がれる。 「お民ちゃん…
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(17)嬢ちゃん、お内儀、来てくれ
お照は、お民の顔に痣があったと話した。 「それを気にして、白粉を濃くしていたのも確かです。でも、よい薬を買ったと喜んでおりました。それがまさか毒だったなんて、信じられません。だったら、お民はそ…
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(16)好いた男と遠くへ行く
おちえは唇を震わせた。 「あの、あたしのこと」 「ええ、うちの奉公人が、あなたをある弔いで見かけたことがあったのよ」 そうか。誰かに見られていると思ったのは、そういうことか。角屋…
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(15)お民はどこにいるのです?
お民は「あたしなんか万年青でいつも顔を洗っているのに」といったのだ。 重三郎は太い眉を寄せた。 「万年青は服用すれば死に至る。そもそもあれは毒草だ。六人の女子たちは、皆、きっと万年青を…
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(14)お民ちゃんが死ぬはずない
そうよ、甘味処に行けばいいんじゃない。こんな馬鹿馬鹿しいこと、すぐ笑い話になっちゃう。 「おちえちゃん、こっちこっち」 お民は明るい声で、店の中から手招くに決まっている。そうよ、そうよ…
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(13)痣は黒いシミのように広がって
手込めにされた痕はない。女が突然死んでしまい、男は怖くなって逃げ出した。 「そんなところかもしれないな。惚れ合っていたとしたら、なんとも哀れだ」 重三郎が首を横に振る。 「そんな…
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(12)頬かむりした男女が船宿に
六人目の女子も殺められた形跡はない、が、やはり痣があったらしい。 「面妖といえば、面妖。しかしな。ひとつ考えられるのは、毒だ」 重三郎が重々しく頷いた。 「ヒ素ならば銀の色を変え…
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(11)死んだどの女子にも顔に痣
重三郎が、じっとおちえを見据える。 「歳の頃は、おちえ坊とさして変わらぬな」 ますます、嫌な感じだ。 「女子ばかり六人目、なんて言い方をするのは、ともに通じる気になる点があったっ…
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(10)重三郎さまがご検視を?
親子だから、母親に顔が似て当たり前だ。ちんまりした鼻とか、唇とか。頬の高さとか。そういえば、颯太が施した死化粧はすごく濃かったことを、急に思い出したりした。 けれど、あのお民の暗い眼はなん…
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(9)白粉はよく溶くことが肝心
花台には、撫子が挿された一輪挿し。座敷の角には、牡丹の花模様の手焙り──。 おちえはため息を吐く。 うちじゃ、作り物の蓮の花か、樒だもの。地味ったらありゃしない。 「お待たせ」…
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(8)お化粧だって技があるのよ
初めのうち、おちえは、硬く、冷たい亡骸が怖くてたまらなかった。急に起き上がったら、どうしようと慄いていた。実際、死後、硬くなった身体が解け始めるとき、布団が動いたりするのだ。 「人は魂と魄で成…
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(7)死化粧はあたしの仕事だから
さらに角屋は、役者も立ち寄る店として、若い娘から年増までが店前でたむろすことでも有名だった。自分の贔屓を見つけるや、大騒動になるという。 「年増が役者さんを囲んじゃうのよ。若い娘が隙間に入ろう…
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(6)九ツ半に約束があるんです
正平がふたつ目の握り飯を食いながら、明るい声を出した。 「おちえちゃん。ぱあっと明るくいっちまえよ。案外、そうだったの? これからもご贔屓にっていってくれるかもしれねえよ。おれは、棺桶職人の弟…
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(5)実はね、仲良しが出来たの
おちえはじろりと疑うような眼を向ける。 「どこから見てたのよぉ。この頃、誰かに見られているようで気味が悪かったんだけど、正平さんなの?」 「そんなことするかよ。たまたま見かけただけだよ」…
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(4)おちえの母に颯太が死化粧
おちえが主の颯太と出会ったのは、十一のとき、自分の母親の弔いだった。母親は疾駆してきた馬からおちえを庇って、蹴られて死んだ。 母娘ふたりの貧乏暮らし。ひとり残されたおちえを不憫に思ったのか、…
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(3)土間の一画に貸し出し葬具
花魁が、凛とした表情をおちえに向ける。 「ぬしさんら、弔いを生業にするお人も、決して表立っての商売じゃあない。不浄の者と忌み嫌われる。けどねえ、わっちらもぬしさんらも、突き詰めれば人助けの仕事…
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(1)手を合わせ白粉を顔に掃く
九ツ(正午)の昼見世が始まるまでの吉原は、女郎たちにとって束の間の休息だ。早朝、泊まり客を追い出して、その後ひと眠り。目覚めてからは、廓内に設けられた湯屋に行ったり、最近、無沙汰の客に文など書いたり…