盲導犬と舞台出演 “元ミス熊本”木下由里子さんは劇団主宰
さて、1960年2月18日、京都で生まれた木下さんは、両親の離婚のために小学5年の時に母方の実家がある熊本へ。その後、中学・高校は東京で過ごしたが、家族の介護の問題が生じて19歳で熊本へUターン。当時、熊本市で一番大きかったデパート「熊本城屋」に、エレベーターガールとして就職した。ミス熊本に選ばれたのは、その翌年、20歳だった。
「新聞にもデカデカと載ったので、その日以来、私をわざわざ見に来るお客さんが大勢いました。その一方で、同僚や先輩社員からヤキモチを焼かれ、陰でイジメを受けて。ホトホト困りました」
そのため、デパートを退職し、翌年地元で行われたのど自慢大会で優勝したのをきっかけに、ローカル歌手ながら、ビクターから藤由里子の芸名でデビューした。
その後、有名なバンドマスターで、音楽プロデューサーでもあったチャーリー石黒に見いだされ上京。芸名を木下由里子に変え、85年8月にワーナーパイオニアから「哀しみ紀行」で再デビューした。
「本当は竹内まりやチャンとか浜田省吾さんが好きだったのに、演歌歌手にさせられ、夜はスナック営業。一晩に20カ所回るのはザラで、明け方の4時ごろまでスケジュールが組まれていました」