語り部の経営者たち
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横引シャッター 市川慎次郎社長(3)このままでは借金で首が回らなく…会社の経営状態を知り愕然
1970年、市川の父はシャッターの修理などを手がける「中央シャッター」を創業した。 大手メーカーが製造した横引きシャッターの下部レールにゴミなどが挟まりやすく故障が多かったことから、父は「上…
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横引シャッター 市川慎次郎社長(2)金髪とピアスをやめ、ヤンチャを卒業した日
高校時代の市川はヤンチャで、金髪で、7個のピアスを着けているようなイマドキの若者だった。 「ちょうど、僕らの世代がピアスのはしりだったんです」 授業もサボりがちで、退学にならないように…
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横引シャッター 市川慎次郎社長(1)戦力になる社員を年齢で切るのはもったいない
元気な高齢者が増える中、定年延長や定年制度の廃止を導入する会社も少しずつ現れている。 その中でも横引シャッター(東京都足立区)は、定年のない会社のモデルケースのひとつとして注目されている。 …
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スプリングバレーブルワリー 井本亜香社長(4)47歳になって初めて営業に「私以上に受け入れ側が戸惑っていた」
「鹿児島支社営業部長に異動してもらうが、半年後の(2018年)10月には鹿児島支店長になってもらう」 本社マーケティング部に14年近くいて、そろそろ異動だろうと予想はしていたが、上司から営業部…
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スプリングバレーブルワリー 井本亜香社長(3)学んだことは我慢することの大切さとスタッフに任せること
大企業であるキリンビールの女子総合職でありながら、「完全に飲食の人になりました」と言う井本亜香(53)。なのに、2003年4月25日の六本木ヒルズ開業と同時に開店したキリン直営のバー「ハートランド」…
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スプリングバレーブルワリー 井本亜香社長(2)キリンの社内公募に手を上げ、バーの副店長に
「オープン直前、予期せぬアクシデントが発生したなら、井本さんはどう対処しますか」 「予期せぬことは、いつも起こるものです。そう構えていれば、大抵のことは解決できます」 「なぜ、井本さんは応…
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スプリングバレーブルワリー 井本亜香社長(1)短大卒「一般職」でキリンビールに入社し「総合職」に転身
「おめでとう。君の念願がかなったよ。来月から本社に転勤してもらう」 上司からこう言われたが、井本亜香(53)はすぐには喜びを感じられなかった。むしろ、意外感が圧倒してしまう。地元・香川の四国学…
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ローランド ゴードン・レイゾン社長(4)ユーザーが最高レベルの満足を得られる製品を提供したい
新たな音楽市場を切り開く、ゲームチェンジャーな製品を世に送り出すローランド。社長のゴードン・レイゾン氏(58)は海外部門の立て直しなどで手腕を発揮した。2021年夏の週末、キャンプを楽しむレイゾン氏…
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ローランド ゴードン・レイゾン社長(3)前社長からの直々のヘッドハンティング
楽器メーカーのローランドは、シンセサイザーや電子ドラム、ギターのエフェクターなどで定評がある。社長のゴードン・レイゾン氏はイギリス出身だが、2013年から同社のイギリス法人で働き始めることになる。 …
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ローランド ゴードン・レイゾン社長(2)3つのスキルを買われ「フェンダー」からの“誘い”が
キーボードやリズムマシンなどで知られる楽器メーカー、ローランドは、売り上げの9割を海外が占めるグローバル企業でもある。社長のゴードン・レイゾン氏はイギリス出身だ。大学で会計学を学び、会計担当者のトレ…
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ローランド ゴードン・レイゾン社長(1)日本を代表する楽器メーカー初の外国人社長と「演劇」
シンセサイザーやギターのエフェクター、電子ドラムなどで定評のある楽器メーカー、ローランド。実は売り上げの9割を海外が占めるグローバル企業でもある。そんな企業らしく、2022年から社長を務めるゴードン…
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AKOMEYA TOKYO 山本浩丈社長(4)高額木桶味噌が即完売「あれでスイッチが入った」
山本浩丈(53)が、米屋だけれども米屋でない「AKOMEYA TOKYO」(アコメヤ)に入ったのは2020年2月。 すぐにコロナ禍が襲ったために入社前に考えていた海外展開の夢はついえる。その…
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AKOMEYA TOKYO 山本浩丈社長(3)改めてビジョンを定めるも内部改革にスタッフが猛反発
AKOMEYA TOKYO(アコメヤ)社長の山本浩丈(53)は、アコメヤの前は、雑貨店「フライングタイガー」を担当していた。アコメヤもフライングタイガーも、サザビーグループの一員である。 デ…
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AKOMEYA TOKYO 山本浩丈社長(2)1999年にダイエーを離れ、スターバックスに転職
価格破壊を推し進める創業者・中内㓛氏の考えや行動力に引かれて就職先にダイエーを選んだ、AKOMEYA TOKYO(アコメヤ)社長の山本浩丈(53)。中内氏と間近に接する機会にも恵まれ、充実した日々を…
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AKOMEYA TOKYO 山本浩丈社長(1)早大卒後、かつて日本一小売業のダイエーに入社
東京メトロ東西線・神楽坂駅の出口を出て、信号を渡ってすぐのところに波形トタンの外壁の建物がある。若い人たちから絶大な支持を受けている、米屋であって米屋でない、食に関するセレクトショップ「AKOMEY…
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さとゆめ 嶋田俊平社長(7)「沿線まるごとホテル」事業がスタート
嶋田俊平(45)はやむにやまれず、自分が分散型古民家ホテルの開発・運営会社の代表になることにした。 スタッフの採用、村民との協力体制など開業までにやらなければいけないことは山積しており、ホテ…
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さとゆめ 嶋田俊平社長(6)過疎高齢化地域の課題は人材不足
小菅村の村長から、伴走コンサルティングを依頼された嶋田俊平(45)は、「分数村民制度」をはじめ、さまざまなアイデアを駆使したプロジェクトを打ち出していく。 「一見、何もない村に見えて、『ここす…
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さとゆめ 嶋田俊平社長(5)多くの自治体が「伴走」を求めていた
2012年、嶋田俊平(45)は長野県信濃町の「癒しの森事業」で知り合った3人とともに、さとゆめを設立する。 と言っても、当初、さとゆめはあくまで副業という位置づけだった。 嶋田も週末…
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さとゆめ 嶋田俊平社長(4)独立の足がかりとなった信濃町の「癒しの森事業」
2004年、嶋田は環境系コンサルティング会社に入社する。同社は主に、環境共生型のまちづくりや地域振興の計画策定、調査を自治体から請け負っていた。 「世の中って、こういうふうに動いていくんだなと…
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さとゆめ 嶋田俊平社長(3)ふるさとを守れるプロになりたい
京大生だった嶋田俊平(45)は、森づくりを学ぶ場を求めていた。 知り合いになった京都府の林務担当者に相談したところ、京都市北区にある雲ケ畑森林組合を紹介された。 嶋田は当時所属してい…