連載小説「蹉跌」 本城雅人
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連載<23> 父子二代に渡って伊場に負けた
――おまえは、チームの調子が悪いと足を引っ張る記事ばかり書いていた。俺たちが、それを分からないとでも思ってるのか。 翔馬の耳の奥で谷水に言われた言葉が反響した。おまえは選手の嫌がることは書か…
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連載<22> 谷水の鋭い眼光に言葉が出ない
「どうしてですか。昔、うちの親父が外で待っていた時は話したんでしょ? それって親父が東都の記者だったからですか」 翔馬に話せない理由があるとしたら、それしか思い当たらない。だが谷水は「違う」と…
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連載<21> 「由貴子が記者に戻れたら」と義父が呟く
翔馬もスポーツ記事のスクラップ帳を持っていた。だが由貴子に見せてもらったものは、翔馬が適当に貼ったものとは異なり、感動した記事を丁寧に貼り、その試合のスコア表や出場選手の成績まできちんと貼付していた…
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連載<20> 俺なんかに騙される方が悪い
「同業他社でも、記者同士でなければ別に問題はない。西條から結婚の報告をされた際も、俺は旦那と話し合えと伝えた。私が異動しますと話したのは西條だ」 伊場が翔馬に言う。 「俺が記者をやめれば…
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連載<19> 妻を記者に戻したいなら君が辞めればいい
話しかけたくもない男だったが、無視すれば怪しまれると、翔馬は腹に力を入れ「ご無沙汰してます」と頭を下げた。 「どうせ監督を待ってんだろ」 顎を小料理屋に向けた。 「こんなところで…
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連載<18> 伊場の顔を見るのは受験以来、6年ぶり
「きみも半田ヘッド待ちか」 東都のキャップは、翔馬がなぜここにいるのか分かっていた。 「半田ヘッドがどうかしたんですか?」 あえて惚けると、彼の表情が曇った。まずいことを口走った…
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連載<17> 谷水と会えるとしたらあの店しかない
〈母さん、夏休みの補習で、なんか疲れてるって〉 「はぁ」 〈甘いもの食べたいと言ってたから〉 ――疲れた時は甘い物が一番いいのよ。 母が学校帰りに買ってきた和菓子の包みを…
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連載<16> 谷水が翔馬を一瞥して車に乗り込む
眼鏡が光ったと感じるほど、これまで見たことのない強い目をされた。谷水がこの店を大事にしていたのは知っていた。だからこれまでは確認しただけで声もかけなかったのだ。だがきょうに限っては仕方がないではない…
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連載<15> おまえの親父は勝手に中に入ってこなかった
小料理屋の外で三十分待ったが谷水監督は出てこなかった。十一時を過ぎた頃、翔馬の携帯が鳴った。また後藤デスクだった。 〈谷水監督を捕まえたか〉 「まだですけど、でも居場所は分かりました」 …
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連載<14> 谷水はやはり目黒の小料理屋に
きょうだって十日ぶりの休日だ。八月にフロントが汐村と来季の契約をしないと決めた時、翔馬は二週間ぶっ続けで働き、連日、汐村の自宅に行き、来季は他のチームで現役を続けるという証言を聞き出した。谷水監督へ…
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連載<13> 谷水監督に辞表を出させたい球団
「なぁ、キコ。その羊羹でいくらくらいしたと思う?」 翔馬は由貴子に聞いた。 「千円くらいじゃない。普通の羊羹だったら」 「千円? たった?」 「なにそのガッカリした言い方。翼…
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連載<12> 翼が母の誕生日祝いに贈ったのは羊羹
父は冗談混じりに「入社試験の前日、部長からどんな問題が出るかヒントをもらえたからスラスラ書けた」と話していた。「言われたのは『名前だけは間違えるな』だったよ」とも。 今はそんなに甘くはない。…
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連載<11>翼が東都スポーツでアルバイト
「ねえ、お義母さんから電話があって、翼くん、うちの会社でアルバイトをすることになったそうよ」 「マジかよ」 九月に入り、いつもと同じ日付が変わる深夜に翔馬が自宅に帰ると、起きて待っていて…
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連載<10> 汐村は今シーズンで退団か
入社時には希望通り、記者になった由貴子だが、翔馬との結婚を機に広告に配置換えになった。父の同期だった伊場という上司に「結婚はいいが、夫婦が同じ記者というわけにはいかない」と言われたからだ。伊場は「旦…
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連載<9> 近頃、由貴子は仕事の話をしなくなった
父にまつわる話は、由貴子はすぐに母に伝えるのだが、さすがに二歳の娘が親の不注意でビールを飲んだ話をしたら真面目な母から怒られそうなので、翔馬はその話は黙っておくように由貴子に言った。 「きょう…
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連載<8> 人の金で遊ぶのはこれが最後だ
弟の翼に小遣いは何度か渡したことがあるが、きょうはやるつもりはなかった。だが少し気が変わった。机に置いた二万円を、翔馬は翼に向かってゆっくり動かしていく。固っていた翼が、紙幣に向かって手を伸ばした。…
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何を言っても翼は体を竦めているだけ
翔馬が問い詰めたところで、弟の翼は否定もせずに黙っている。母は銀行でまとめて下ろした金を、当座の生活費としてタンスの中の財布に保管する。翼が手をつけるかもしれないと思っていながら、母はそうしている。…
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連載<6> 弟・翼は翔馬の前ではおとなしい
しかし翔馬が一歳頃の父の写真は別人のようだった。父親としての自覚が出てきたのか、それともバイトから社員になったからか、きちんと整髪し、スーツを着て、母より年上に見えなくもない精悍な顔をしていた。今は…
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連載<5> キコの取材力はすごい
「俺、明日も早いんで帰りますわ」 翔馬は写真デスクに言った。 「俺らは許さねえからな。おまえが頼んできても二度と写真はないものと思えよ」 写真デスクはまだ吠えていたが、翔馬は「ど…
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連載<4> 翔馬はジェッツ番の二番手に昇格
「大畑は試合後も何食わぬ顔で帰りましたから、他紙は誰も気づいていないと思います」 翔馬は褒めてくれた後藤デスクに説明した。 「おまえが書いた通り、これで逆転優勝どころかBクラスだってある…