万年橋の仇討ち
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(21)万年橋を背に與之助の元へ
(六) 千加は、海辺大工町の番屋の留め置き部屋で正座して、自身に下されるお沙汰を待っている。 崎山を刺殺したあと、誰かの知らせで走って来た同心に仇討ちだったことを説明し、崎山平左衛門の…
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(20)父の敵!崎山の胸を刺す
崎山平左衛門は振り返った。ぎょっとした顔で千加を見る。 「戸田の娘だと……何を世迷い言を言っている。お前の父は不正を働いたのだ。敵などとは迷惑千万、逆恨みも甚だしいぞ」 崎山は怒鳴った…
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(19)刀をござで包んで花売りの姿に
千加はその夜床についても、明日はいよいよ崎山と対面するのかと思うと、流石に緊張が緩むことはなかった。また與之助の言葉も千加の心を何度も襲った。 與之助が参戦してくれることで心強いことは言うま…
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(18)俺に仇討ちの助太刀をさせてくれ
「お千加さん……」 與之助がやって来たのは、その夜だった。 與之助は一本の刀を布に包んで持っていた。 「神田の古道具屋に頼んでいた刀がまだ届かないんだ。それで、俺の親父の形見を持…
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(17)刀の重みは父の命の重み
(五) ──この期を逃せば、何時崎山に会うことが出来ようか……。 父の敵を討つためには今しか機会は無い。 千加の決意は日増しに強くなり、一昨日と昨日は得意先を回って、しばらく女髪…
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(16)相対して息を整えすっくと立つ
まもなく二人は伊勢崎町の北仙台河岸に出た。 千加も與之助も襷掛けだ。しかも千加は、しごきで着物の裾を短くしていて足元も草履である。 なにやら緊迫した空気を纏っているが、河岸の隅には一…
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(15)千加の表情に決死の思い
さきほどから千加と與之助は、息苦しいほどの小さな息をつき、沈黙を続けている。 千加の膝前には、出来上がった銀のかんざしが紫の袱紗の上に置かれている。 千加がお客から受けたかんざしが出…
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(14)こうして会えるとは夢のよう
「奥のお女中の美里という方にお目に掛かりたいのですが」 千加は、高島藩上屋敷の門番に、懐に忍ばせてきた美里からもらった文の送り主の名を見せて言った。 「しばし待て」 門番は屋敷の…
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(13)高島藩の上屋敷がある愛宕下へ
(四) 「おかみさま、いかがでしょうか?」 千加は津島屋のおよねの顔が映っている鏡台を覗いてそう告げると、手鏡を使って結い上げた髷の右側、左側、そしてうしろの髱の具合も映して見せた。 …
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(12)私も剣術を習いたいんです
「お千加さんは確か高島藩で暮らしていたんだよな」 「ええ、まあ……」 口を濁すが、 「しかもお父上は不正の罪を着せられて殺されたのだと……」 「與之助さん、誰からそんなことを…
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(11)千加が初めて持った淡い恋心
「與之助さん、千加です」 千加が伊勢崎町で錺職をしている與之助を訪ねたのは翌日だった。 「どうしたんだい、元気がねえし、顔色も悪いな」 與之助は金床の上で銀の細工をしていた手を止…
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(10)左京の言葉に歯を食いしばる
左京は千加の父が残した文書を読み終えると、膝前に置いて腕を組んだ。 「ううむ……」 大きく息をつき、しばらく言葉を発しなかった。だがまもなく、豊と千加の顔を交互に見て、 「どこか…
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(9)どうだ、嫁に行く気はないか
(三) 翌日、朝食を終えたところに、母の兄、渡邊左京がやって来た。 「大事ないか」 左京は女二人の住まいにやって来ると、まず部屋に上がる前に家の中を覗いて眺め回す。 畳は…
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(8)これは父さまの遺書です
千加は母の豊の前に、父の着物から取りだした紙を広げて置いた。 全部で三枚、冒頭の紙には『賄い方不正の詳細』と題し、勘定方組頭に提出する文章の内容と同一のものをこれにしたためるとある。 …
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(7)鶴の羽の部分が透かし彫りに
「おや、與之助さんに会ったんだね。今日朝のうちに、お千加が出かけた後に、かんざしを届けてくれたんですよ」 長屋に帰ると、母の豊は千加の顔をみるなり言った。 「ええ、届けてくれたこと、私も…
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(6)振り返ると深川の與之助が
崎山平左衛門は生きておれば、御年五十歳だ。 千加は気付かれぬよう後を尾ける。 日本橋からまっすぐ南に向かって歩く侍の後を追いながら、千加は八年前に父が仲間だと言って、崎山平左衛門を屋…
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(5)櫛を髪に通し汚れを落とす
(二) 津島屋の内儀およねの紹介で、千加が日本橋南一丁目にある小間物問屋『日吉屋』に髪結いに向かったのは数日後のことだった。 前日に使いが来て、日吉屋の内儀は五十路も過ぎた高齢で、腕が…
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(4)内儀およねの手間賃は破格
「さあどうぞ、お召し上がりになって……」 およねは女中に茶菓子を運ばせると、道具を片付けて手洗いを終えた千加に勧めた。 「ありがとうございます」 千加は、お茶を取って喉を潤す。 …
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(3)丸髷でも鬢を張りましょう
千加がまもなく訪ねたのは、今川町に呉服太物商の暖簾を張る『津島屋』だった。この深川では一、二を争う大店で、月に二度の訪問を約束しているのだが、今日はそれとは別に臨時で頼みたいと使いが来て、それで急遽…
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(2)千加はお約束いたします
殺しがあったその場所は、永堀町の南仙台堀の河岸だった。 既に野次馬が大勢垣根を作っていて、垣根の向こうに町奉行所の同心や小者の姿が見える。 千加は野次馬を強引に割って入って、殺されて…