(18)俺に仇討ちの助太刀をさせてくれ
「お千加さん……」
與之助がやって来たのは、その夜だった。
與之助は一本の刀を布に包んで持っていた。
「神田の古道具屋に頼んでいた刀がまだ届かないんだ。それで、俺の親父の形見を持ってきた。いつか売り払って金に換えようと思っていた代物だ。だが点検してみると曇ひとつ無い刀だ」
與之助は上がり框に刀を置いた。
「すみません。こちらも父の刀を母が出してくれましたので」
千加は背後を振り返ると、父の位牌の前に置いてある大小の刀を與之助に示し、
「明日は五のつく日です。與之助さんには本当にお世話になりまして、お礼の言葉もありません」
千加は頭を下げた。
「待ってくれ。今日はおふくろさんのいる前で、お千加さんに話したい事があるんだ」
與之助の表情は緊張で青白くなっているように見える。
「どうぞ、そこではなんですから上がってください」
豊が部屋に上がるよう勧めると、與之助は神妙な顔で座敷に座り、千加をまっすぐに見て言った。
「お千加さん、俺に仇討ちの助太刀させてくれないか」
「いえ、それは……有り難いのですがそれは出来ません。與之助さんには関係のないことですので」
千加は即座に断った。豊は二人のやりとりを案じ顔で見ている。
「では、はっきり言おう。お千加さん一人では返り討ちに遭う。相手は父上を斬り捨てたほどの男だろう。俄に剣を手にしたお千加さんが勝てるとは思えないんだ」
歯に衣着せぬ與之助だ。
「勝負は時の運とも言います。確かに剣術は未熟ですが、長刀はずいぶんと習ってきています」
「無理だな」
與之助は冷たく斬り捨てる。
「與之助さん、その言葉、許せませんよ!」
千加は喰ってかかった。強い志を持っていてこそ闘えるのに、心の骨を折るのかと腹が立った。
「俺は、お千加さんに死んで欲しくないんだ。怪我もしてほしくない。お千加さんは、俺の心の支えなんだから」
「與之助さん……」
意外な言葉に千加は驚いた。同時にふっと喜びが胸を走った。
「俺は、お千加さんのためなら喜んで死ぬ。だから助太刀をする」
與之助は覚悟してやって来たことは、その表情からも分かる。
豊はじっと二人を見ている。千加が與之助を密かに慕っていたことも、與之助が千加を愛おしく思っていたことも分かっている。
狼狽する千加と決死の顔で千加を見詰める與之助に、豊は言った。
「與之助さん、ありがとう。あなたが助太刀をしてくだされば、母の私も安心です。千加をよろしくお願いします」
豊の言葉に與之助は顔を紅潮させて頷いていた。
(つづく)