著者のコラム一覧
藤原緋沙子

高知県生まれ。2013年「隅田川御用帳」シリーズで第2回歴史時代作家クラブ賞シリーズ賞を受賞。著書に「番神の梅」「龍の袖」、「橋廻り同心・平七郎控」シリーズほか多数。

(18)俺に仇討ちの助太刀をさせてくれ

公開日: 更新日:

「お千加さん……」

 與之助がやって来たのは、その夜だった。

 與之助は一本の刀を布に包んで持っていた。

「神田の古道具屋に頼んでいた刀がまだ届かないんだ。それで、俺の親父の形見を持ってきた。いつか売り払って金に換えようと思っていた代物だ。だが点検してみると曇ひとつ無い刀だ」

 與之助は上がり框に刀を置いた。

「すみません。こちらも父の刀を母が出してくれましたので」

 千加は背後を振り返ると、父の位牌の前に置いてある大小の刀を與之助に示し、

「明日は五のつく日です。與之助さんには本当にお世話になりまして、お礼の言葉もありません」

 千加は頭を下げた。

「待ってくれ。今日はおふくろさんのいる前で、お千加さんに話したい事があるんだ」

 與之助の表情は緊張で青白くなっているように見える。

「どうぞ、そこではなんですから上がってください」

 豊が部屋に上がるよう勧めると、與之助は神妙な顔で座敷に座り、千加をまっすぐに見て言った。

「お千加さん、俺に仇討ちの助太刀させてくれないか」

「いえ、それは……有り難いのですがそれは出来ません。與之助さんには関係のないことですので」

 千加は即座に断った。豊は二人のやりとりを案じ顔で見ている。

「では、はっきり言おう。お千加さん一人では返り討ちに遭う。相手は父上を斬り捨てたほどの男だろう。俄に剣を手にしたお千加さんが勝てるとは思えないんだ」

 歯に衣着せぬ與之助だ。

「勝負は時の運とも言います。確かに剣術は未熟ですが、長刀はずいぶんと習ってきています」

「無理だな」

 與之助は冷たく斬り捨てる。

「與之助さん、その言葉、許せませんよ!」

 千加は喰ってかかった。強い志を持っていてこそ闘えるのに、心の骨を折るのかと腹が立った。

「俺は、お千加さんに死んで欲しくないんだ。怪我もしてほしくない。お千加さんは、俺の心の支えなんだから」

「與之助さん……」

 意外な言葉に千加は驚いた。同時にふっと喜びが胸を走った。

「俺は、お千加さんのためなら喜んで死ぬ。だから助太刀をする」

 與之助は覚悟してやって来たことは、その表情からも分かる。

 豊はじっと二人を見ている。千加が與之助を密かに慕っていたことも、與之助が千加を愛おしく思っていたことも分かっている。

 狼狽する千加と決死の顔で千加を見詰める與之助に、豊は言った。

「與之助さん、ありがとう。あなたが助太刀をしてくだされば、母の私も安心です。千加をよろしくお願いします」

 豊の言葉に與之助は顔を紅潮させて頷いていた。

 (つづく)

【連載】万年橋の仇討ち

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    日本は強い国か…「障害者年金」を半分に減額とは

  2. 2

    SBI新生銀が「貯金量107兆円」のJAグループマネーにリーチ…農林中金と資本提携し再上場へ

  3. 3

    巨人が李承燁コーチ就任を発表も…OBが「チグハグ」とクビを傾げるFA松本剛獲得の矛盾

  4. 4

    「おこめ券」でJAはボロ儲け? 国民から「いらない!」とブーイングでも鈴木農相が執着するワケ

  5. 5

    NHK朝ドラ「ばけばけ」が途中から人気上昇のナゾ 暗く重く地味なストーリーなのに…

  1. 6

    侍Jで加速する「チーム大谷」…国内組で浮上する“後方支援”要員の投打ベテラン

  2. 7

    石破前首相も参戦で「おこめ券」批判拡大…届くのは春以降、米価下落ならありがたみゼロ

  3. 8

    阿部巨人に大激震! 24歳の次世代正捕手候補がトレード直訴の波紋「若い時間がムダになっちゃう」と吐露

  4. 9

    ドジャース首脳陣がシビアに評価する「大谷翔平の限界」…WBCから投打フル回転だと“ガス欠”確実

  5. 10

    高市政権の物価高対策「自治体が自由に使える=丸投げ」に大ブーイング…ネットでも「おこめ券はいらない!」