静かなブーム「地政学」を正確に知る一冊
「新・地政学『第三次世界大戦』を読み解く」山内昌之/佐藤優著 中公新書ラクレ 2016年3月
最近、地政学が静かなブームになっている。地政学コーナーが設けられている書店もある。しかし、地政学に関する先行学説や基礎知識を欠いた乱暴な新刊書もある。地政学の要因に「民族」を入れている本を見たら、読む必要はないと考えてよい。民族は、たかだか250年くらいの歴史しか持たない近代的な概念だからだ。地政学は、地理のように、千年以上経っても変わりにくい要因を重視する言説であるという基礎知識に欠けるから、民族を地政学の要素に加えるような間違いを書く。
日本で地政学について、もっとも造詣が深いのが山内昌之東京大学名誉教授だ。本書では、山内氏の地政学的知見が縦横無尽に展開されている。
山内氏は、〈ロシアとトルコの緊張関係ではバユルブジャクという地域、土地自体が、政治、軍事、経済の各面で戦略的に非常に重要な場所になっている、ということでした。ここで大事なのは、「地理」というのは、長い歴史を経てもそう簡単には変化しないファクターなのだ、ということです。〉と指摘している。
その通りだ。アラビア半島にしても、石油が採掘されるずっと前から、ヨーロッパ、アフリカ、アジアをつなぐ世界的規模の交易に不可欠な重要な地理的位置を占めていた。ここに20世紀になって、エネルギー、軍事などの要素が加わってきたので、事態が一層複雑になったのだ。
本書ではエネルギー問題も重要なテーマになっている。山内氏は、〈中東原油に関しては、これから日本と中国の奪い合いが本格化する可能性が高い。その過程で、東シナ海、南シナ海の安全保障に関わる事象やそれに絡みつく歴史認識問題などをめぐる日中間の摩擦が、今現在よりも先鋭的な形で表れてくるかもしれません。〉と指摘する。
この点について、日本の政治エリートは危機意識を欠いている。中東原油のみにエネルギーを依存することは危うい。ロシアからの天然ガス、原油の購入、日本国内での発電は、石油、ガス、石炭、水力、原子力、風力、太陽光などバランスをとった形でのエネルギー・ミックスを国家戦略として定めることが日本政府の焦眉の課題と思う。★★★(選者・佐藤優)