著者のコラム一覧
本城雅人作家

1965年、神奈川県生まれ。明治学院大学卒。スポーツ新聞の記者を経て09年「ノーバディノウズ」(第1回サムライジャパン野球文学賞)でデビュー。17年「ミッドナイト・ジャーナル」で第38回吉川英治文学新人賞を受賞。著書に「紙の城」「監督の問題」など多数。

連載<5> 弟は親父が本当に好きだった

公開日: 更新日:

 弟の翼は昔から勉強は苦手だったが、それでも小さな頃は明るくて、やんちゃすぎるくらいだった。小柄だった翔馬と違い、体格が良くて、小学校低学年の頃は、父が子供の頃に習っていた剣道で、市大会で優勝していた。

 それが高学年で入った少年野球チームの監督が子供に平気で暴力を振るう人で、スポーツ全般が嫌いになってしまった。翼が可哀そうなのは、小六で父が突然死してしまったことだ。翔馬は子供の頃から独立心が強く、周りからしっかりしていると言われていたが、一方の翼は甘えたで父っ子だった。父が死んだ時はお通夜から出棺までめそめそと泣いていた。こいつ親父が本当に好きだったんだなと、火葬場から出てきた亡骸に号泣していた弟を翔馬は冷静な目で観察していた。

「翼に会って、もっと真面目に勉強しろと言っとくよ」

「そう言ってもらえると助かるわ。翔馬の言うことなら翼も聞くだろうから」

 父親代わりというほど気負っているつもりはないが、翼にはこれまでも何度かもっとまじめに人生を考えろと注意したことがある。翔馬の口が悪いせいもあるが、昔、翔馬が助けてやったこともあり、翼は自分には刃向かわない。

「さて、翔馬が帰ってきたことだし、私は休ませてもらおうかな」

 部屋を出ていこうとする母に、由貴子が「お義母さん、ありがとうございます。ゆっくり休んでください」とダイニングテーブルの上に手を揃えて頭を下げた。家を借りる時に3LDKにしたのは、母が寂しい時に泊まりに来てもらおうと思ったからだ。同居してもいいと由貴子は言ってくれるが、それも翼が独り立ちしてからだろう。

 由貴子が勤める東都スポーツでは、産休は六週間前からという規約になっているので、本来は来月九月の半ばからになる。しかし体調が安定しないことから、会社に事情を話して今週から休みを取っている。

 由貴子は小柄で細いのに、医者からは子供は早く育っていて意外と大きく生まれそう、それが母体の負担になっていると言われた。もっとも由貴子が不安定なのはそれだけが理由ではないが。

 母の部屋が閉まる音がしてから翔馬はソファーに座る。由貴子はダイニングテーブルから移動して、ソファーの隣に腰を降ろした。

「お義母さんに来てもらって助かったよ。お義母さんだってお仕事で疲れてるのに、きょうは炊き込みご飯を作ってくれたのよ」

「炊き込みご飯って、子供の頃は嫌だったけどな。なんで白飯じゃないんだって」

「それ、お義母さんも言ってた。翔くんと翼くんがいつもガッカリしてたって。でもお義父さんが好きだったんでしょ」

 家で食事をすることが少なかったこともあり、母は、父が休みの日は父の好物を優先して作った。

「親父が熊本育ちだから、うちの飯にはよく蓮根が入ってたけど、蓮根を好きな子供なんていないじゃん。あとタケノコも入ってたな」

「でも翔くんは不満を言わずに食べてたんでしょ」

「そりゃ母さんだって働いてたから。だけど翼は蓮根とタケノコを残してたよ」

 父も翼に甘く、ほとんど怒らなかった。

「あとケーキも買ってきてくれて、冷蔵庫に入ってるよ。翔くんも疲れてるだろうからって」

「疲れた時は甘い物を食べると言うのが、我が家の元気回復法だったからな」

 それも父がよく言っていたことだ。
 (つづく)

【連載】連載小説「使者」 本城雅人

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