「奇跡の四国遍路」黛まどか氏
徳島県の第1番・霊山寺から第88番・大窪寺まで、四国一周を時計回りに、弘法大師ゆかりの88札所寺院を巡る四国遍路がブームだ。団体ツアーや車で回る巡礼者が多いが、本書は、昨年4月から6月にかけて約1400キロの全行程をひとりで歩き通した著者の紀行だ。
「両親の看病や過労などで心に澱のようなものが降り積もっていましたが、決定的な動機があったわけではありません。サンティアゴ巡礼がテーマの小説『星の巡礼』を書いたブラジル人作家のパウロ・コエーリョ氏が来日されて、お会いする機会があり、『いつか四国遍路をしてみたい』と言うと、『もし君が行きたいと思うなら、“いつか”ではなく“今”だ』と背中を押されたんです」
弘法大師が常に一緒という意味の「同行二人」と記された白衣を羽織り、手には木の「金剛杖」を持つスタイルで、1日に30~40キロを歩いた。
初めのうちは「ピクニック気分」だったが、歩き始めて間もなく足を痛める。回復を待って再開。
険しい山越えもあり、厳しさを増していく中、巡礼者や地元の人、風景などとの出会いは一期一会だ。
「オカルト的なことは信じない」著者だが、まっしぐらに歩き続ける中で、偶然とは思えない出来事にたびたび遭遇する。「45年前に亡くなった最愛の祖父の命日に不思議な夢を見ました。七色の光の帯がくるくると形を変え、円い虹になるんです。夢の中で、盲目の男性に、その円い虹の様子を伝えようとしていました。私の本名は、漢字で『円』です。その夢が私に何かを示唆したのかと思っていたところ、後に会った、ドイツ人青年の巡礼者から『一見違って見える人も、根っこでは円の中心でつながっている。僕は円の中心にあるものを探して遍路を歩いている』と聞き、感じ入りました。見た夢が、ドイツ人青年の言葉へと『一本の線』につながったのだと思います」
第23番・薬王寺の近くでは1946(昭和21)年の南海地震で津波が到来した地を歩き、東日本大震災に思いを馳せた夜、福島の知人から電話がかかった。
遍路同士は、遍路に来た理由を問わないのが不文律だが、やがて著者は幾人かから問わず語りを聞く。
最後の第88番・大窪寺で再会し、結願を喜び合った60代の男性も印象的だ。
「それまでに2度お会いしていて、『もうすぐ結願ですね。きっといいことがありますよ』とおっしゃるので、『あなたにも』と返すと、下を向かれて戸惑った表情をされるばかりでした。ところが、結願の後、『自分は結婚もせず孫の顔も見せられず、親孝行できんかった。両親の供養のために歩いた』と訥々と語られ、リュックに骨壷を入れてらしたことを知りました。その男性はその後、私に向かって『いいことがありますよ』とまた口にした後、自分を指さし『私にも』と小さくほほ笑まれた。寒気に梅の堅い蕾が開いたような表情でした」
定年後に夫婦で旅行をするのを楽しみにしていた妻を亡くしたと打ち明けた男性もいた。
遍路を終えた著者がたどり着いた遍路の意味は「自分との和解」だ。自身も、降り積もっていた“澱のようなもの”がいつしか消えたという。
本書には、風景や心情が詠まれた俳句も載っている。読み進むほどに、いつか遍路に行きたくなるが、「“いつか”ではなく“今”でしょ」と著者。
(中央公論新社 820円+税)
▽まゆずみ・まどか 1962年、神奈川県生まれ。俳人。句集「京都の恋」で第2回山本健吉文学賞受賞。現在、テレビ朝日とBS朝日の番組「あなたの駅前物語」の語りと俳句を担当。北里大学、京都橘大学、昭和女子大学客員教授。紀行集「ふくしま讃歌」、エッセー「引き算の美学」など著書多数。