「ルポ川崎」磯部涼氏
川崎といえば、JRの駅前の大型モール、あるいはソープ街や競輪場、競馬場のイメージを抱く人が多いかもしれない。しかし今、臨海部のエリアが「川崎サウスサイド」と呼ばれ、ラッパーの聖地となっている。
「大人気のラッパーのユニット、BAD HOPの地元が『川崎サウスサイド』なんです。BAD HOPの人気は、少年少女の世界で今や絶大。メンバーは『高校生RAP選手権』での優勝経験のある双子の兄弟、T―Pablow(ティーパブロ)とYZERR(ワイザー)を中心とする22歳前後の8人で、東京でのライブのチケットは、毎回、即完売します。自分たちがどこからやって来て、何者なのかを歌う。不良っぽさが魅力なんですね」
地元の子供たちにとって、そんなBAD HOPは憧れの的だ。自分もBAD HOPのようになりたい――。臨海部の公園では、YouTubeから流れるビートに合わせ、一生懸命にラップの練習をする大勢の子供たちが出現しているという。
「川崎サウスサイドは、高度経済成長期に全国から労働者が集まってきたエリアで、かつて“朝鮮部落”と言われた、迷路が残る町や、アジアや南米からの移住者が多く住む町もあります。あるとき、フィリピン人の10代が随分いると気づいたんですが、取材を続けるうちに、それは80年代にフィリピンから出稼ぎに来た“じゃぱゆきさん”が産んだ子供だと分かりました。幼い頃はフィリピンの親元などに預けられたが、いつまでも預けっぱなしにできないと、10代になって呼び寄せられていました。安い家賃を目当てに引っ越して来る人もいて、生活保護の受給率も高い。日本の未来を先取りする多文化共生の町です」
そんな町の中には、コミュニティーセンターがあり、子供たちに寄り添う活動が続けられているが、貧困と非行は隣り合わせだ。2015年に、川崎市内の多摩川河川敷で、中1の少年が、顔見知りの少年たちに残虐な方法で殺された事件も記憶に新しい。不況でシノギが減ったヤクザが、外国をルーツに持つ少年少女を取り込む例も横行しているそうだ。
BAD HOPのメンバーにも、ヤクザの息子も、親から放っておかれた子もいる。T―PablowとYZERRは、小学生のときから、血を見る「抗争」をし、暴走族、ギャングの世界へとたどったが、中学のとき、不良の先輩に半ば強制的に「やれ」と命じられ、詩を書き始めたおかげで、ラップ界でのし上がれた。
「BAD HOPのラップが、『ヤクザになるか、職人になるか、捕まるか』しかないと極言された環境から、子供たちが抜け出す希望となっているんですね。川崎サウスサイドは今、変わりつつあると思います。楽観はできないけれど」
本書には、こうした臨海部をはじめ、風俗街、ドヤ街など広域にわたる川崎の町がルポされている。
川崎サウスサイドの活力ある風景と、時間が止まったような風景と。その両方の写真も掲載されていて、見に行きたくなるが、「スラムツーリズムはNGです。もっとも、多文化の町ならではの飲食店があるので、食べになら行ってください」と著者。ペルー料理の「エルカルボン」という店がおすすめだそうだ。(サイゾー 1600円+税)
▽いそべ・りょう 1978年生まれ。高校時代から雑誌に寄稿し、音楽ライターに。主にマイナー音楽と社会との関わりについて執筆。著書に「ヒーローはいつだって君をがっかりさせる」(太田出版)、「音楽が終わって、人生が始まる」(アスペクト)などがある。