「昭和史がわかるブックガイド」文春新書編/文春新書
コロナ禍で日本は危機に直面している。こういうときには過去の歴史から学ぶことが重要だ。本書は昭和史に関するブックガイドの決定版だ。21の論考が収録されている。
評者が最も有益と思った論考は、関口高史氏(元防衛大学校准教授)が執筆した「昭和陸軍の戦いを読み解く視座」だ。関口氏は軍隊を「任務重視型」と「環境(情報)重視型」に分ける。
<「任務重視型」軍隊とは、任務の遂行を第一と捉え、たとえ作戦環境が変化したとしても当初の任務に突き進む軍隊のことをいう。これは脅威(仮想敵)の存在が前提となるため、効率的な戦力を整備できる半面、視野は狭くなり、可能性を度外視した任務を求められる傾向にある。例として露仏二正面への対処を迫られたプロシア軍、そして昭和の日本軍もあげられる>
首相官邸がイニシアチブを発揮した学校の9月入試、始業案が頓挫してしまったのも、文部科学省や教育界が「任務重視型」で教育を考えていたからだ。野党が政治休戦できないのも、危機の状況下でも政府を仮想敵とする発想から抜け出せないからだ。首相官邸主導で行われた「アベノマスク」も情勢の変化を考慮せずに突き進んだ「任務重視型」の仕事だ。
いま必要とされるのは「環境(情報)重視型」のアプローチだ。
<対極に位置するのが「環境(情報)重視型」軍隊である。この軍隊は環境の認識を第一と捉え、当初の認識と異なる事態が生起すれば、必要に応じて任務を修正し、最善の任務を遂行する。つまり予想されるすべての選択肢に備えることを意味する。これは脅威の顕在化まで主な努力の方向性が決められず、予備の手段も必要とする。よって戦力の整備に莫大なコストと時間がかかり、任務もできることから対応しようとする傾向になる。この例は欧州・太平洋で戦った米軍に見ることができる>
学校の一斉休校、国民1人あたり10万円の一律支給など、安倍政権が「環境(情報)重視型」の発想をしているから可能になった。この政権は情勢の変化に対応して素早く変容することができる。危機的状況ではある種の無節操さが政治に求められる。
★★★(選者・佐藤優)
(2020年6月3日脱稿)