「鳥獣戯画の国」金子信久著
江戸時代の画家・伊藤若冲は、「動植綵絵」などの精緻で華やかな画風で知られるが、一方で柔らかい筆遣いのユーモラスな作品も多数残している。そのひとつ「河豚と蛙の相撲図」は、題名通り異種格闘技の様相だ。
蛙の相撲と聞いて、日本人ならすぐに思い出すのが、国宝の「鳥獣戯画」だ。「マンガの祖、アニメの源流」などといわれ、展覧会に出展されれば大行列は必至の人気絵巻だ。
本やネットが当たり前の現代ならいざ知らず、若冲は、彼の時代よりもさらに600年も前に描かれ、京都・栂尾の高山寺の蔵の奥にしまわれていたこの絵巻のことを知っていたのだろうか。
実は、若冲のみならず、江戸時代の画家たちの絵を見渡すと、鳥獣戯画に触発されて描いたと思われるおかしな動物の絵が多数残っているそうだ。
そんな「鳥獣戯画」の遺伝子を持つ古美術を鑑賞する面白アートガイド。
写真も動画もない時代に鳥獣戯画の存在が多くの人に知られたのは、「模写」のおかげだ。
そのひとつが、室町時代の画家・土佐光信が描いたと伝わる「長尾家旧蔵模本」。なんとこの模本には、戯画から切り取られて高山寺の外に流出して失われた場面の模写も含まれている。また、江戸後期の画家・上田耕冲の模写は、図版は原本通りだが、すべて着色によってカラー化されている。
画家たちは、こうした模写にインスピレーションを得て、自由な発想で多くの作品を残した。
曽我蕭白の蛸と蛙の相撲にはじまり、歌川国芳の宴会をする金魚や猫の曲芸師など擬人化した動物を主人公にした浮世絵の数々、明治の河鍋暁斎のトムとジェリーさながらの猫と鼠の絵など。
時代時代の人々を楽しませてきた鳥獣戯画のDNAを引き継いだ「子どもたち」を鑑賞する。
(講談社 2400円+税)