中原理恵 人気の「欽ドン」をわずか1年で降板
<1982年3月>
1978年、デビュー曲の「東京ららばい」が大ヒットし、同年の紅白にも出場した中原理恵。81年4月からフジテレビ「欽ドン!良い子悪い子普通の子」にレギュラー出演して人気になった。だが、82年3月、中原(当時23)は番組をわずか1年で降板し、女優と歌手をメーンに活動を続け、その後、元YMOの高橋幸宏との不倫が報じられた。
都会的なイメージの歌手として活躍していた中原だが、萩本欽一の番組にゲスト出演したことをキッカケに欽ドンのレギュラーが決定。欽ドンでは萩本相手に良い妻、悪い妻、普通の妻の3役をアドリブを交えながら演じていた。良い子、悪い子、普通の子を演じるイモ欽トリオが厳しいリハーサルを行う中、中原はほとんどリハーサルなしで本番に入るなど、コメディエンヌとしての才能を発揮し、視聴率は30%台をキープ。フジの看板番組となった。
だが、「映画の仕事にも興味がありますし、テレビの仕事も好きなんです。けれども、歌の仕事だけは絶対に忘れたくないんです」と歌手活動へのこだわりは捨てなかった。