鳥羽一郎にとって「歌は言葉のキャッチボール」恩師の教え

公開日: 更新日:

鳥羽一郎さん(歌手・68歳)

 僕の人生にとって、かけがえのない存在は作曲家の船村徹先生です。出会った時からユニークな人でしたね。内弟子になった時から「歌は教えません。レッスンは他の先生がやると思うから」って言うんだから。

 それなのに、メシの時もいつでも一年中、ベッタリです。先生が公演に行って2、3曲歌うことがあるでしょ。そんな時に弟子の俺に「ステージに出てこい」といきなりですよ。いつ呼ばれるかわからない。それで「ダメだと思うけど、弟子に一曲やらせるから」と言われ、俺が戸惑っていると「そのまま歌えばいいから」って。

 ステージ袖に居させたのは、客席の雰囲気や反応を見ておけよということだったと思うし、歌わせたのは経験して覚えろということだったと思う。

 よく言われたことがあります。船村先生の作曲で春日八郎さんが歌った「別れの一本杉」です。

「歌は言葉がわからないと、聞いている人が理解しない。歌は言葉のキャッチボールなんだよ」と。

「別れの一本杉」の出だしは「泣けた 泣けた こらえきれずに泣けたっけ」で始まる。聞く人は「なぜ泣けたの?」と思う。続いて「あの娘と別れた哀しさに」と歌うと、ああ、そういうことかとわかる。そうやって言葉のキャッチボールをすることで「別れの一本杉」という歌が聞く人の胸にストンと落ちる。歌、演歌はそういうことなんだよと、いつも言っていましたね。

 船村先生は作曲家だけど、言葉をとても大切にしていました。「歌は言葉ありき、メロディーはそれに乗っているだけ」が口癖でした。今はどうか。歌詞よりも曲、メロディー先行で何を言っているのかわからない。歌詞がおろそかになっていると思うね。

■船乗り時代の救いは歌だった

 生まれ育ったのは鳥羽の石鏡という道路も通っていないような片田舎です。おふくろが海女をやっていた貧しい家で育ちましたが、親父がなぜか映画館もやっていた。上映前や合間にレコードをかけてね。その頃から歌は大好きだった。

 中学を出て最初は叔父がやっていた船に乗ったけど、そこをやめ、水産高校の実習船のマグロ船に2年乗った。それからカツオ船に3年。マグロ船は地獄のようにきつかったね。漁が始まると眠れない。ちょっと仮眠をするだけで、朝から晩まで作業が続く。寝ても場所は舳先だから船が揺れて寝れないんだ。

 そのうちホームシックになってね。そんな時に俺にとっての救いが歌だった。つらい仕事でも歌うと次の日も頑張れる気がしたんだね。人生の応援歌、栄養剤みたいなもんです。

 遠洋漁業に出た若い船乗りが初めて赤道を越える時に、先輩たちがお祝いの意味を込めて「赤道祭り」というのをやってくれる。みんなでデッキに出て、たいしたごちそうはないけど、お祭りみたいなもんです。それに応えるために若い人は何か芸をやる。踊るヤツとか相撲を取っているヤツもいた。俺はギターを持っていたから歌った。「別れの一本杉」も歌ったかな。船を下りて歌手になれるとはハナから思っていなかった。でも、歌はよく歌っていた。不思議なんだよね。歌っている歌手は知っていても、誰が作った曲かまでは知らなかった。調べてみると全部、船村先生の曲だった。それで先生に会いたい一心で上京したわけです。

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