連載小説「使者」 本城雅人
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連載<19> 面接で見たあの男のニタついた顔が浮かぶ
「私がきみに嘘をつくわけないだろ。だいいち柳川はサードで、汐村はファーストなんだから関係ないじゃないか。うちが汐村を必要としているのは事実だし」 いつか翔馬に責められるのを想定していたのだろう…
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連載<18> 恐れていたことが東都スポーツの一面に
汐村にも逸見のメジャー移籍への惜別のメッセージを聞きにいくと、答えてくれた。そのほかにも顔を見るたびに声を掛けたが、次第に口数は減った。翔馬は汐村の中で、自分がジェッツを背負うというプレッシャーが重…
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連載<17>翔馬は松岡を無視して口も利かない
コンテ表を見た翔馬はデスクに聞いた。 「ドルフィンズ担当から連絡があったんだ。監督が来年も安孫子を三塁で使い続けると断言したらしい」 「本当ですか」 「なんだよ、その不満そうな顔は…
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連載<16> 汐村の希望はジェッツ残留
だがせっかく東郷監督から受けた激励に応えられず、汐村は五月にケガをしてしまった。そのことが大きな悔いとなっているようだ。今年は去年の半分も試合に出ていないので、チームの優勝に貢献したという満足感はな…
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連載<15> 真剣に言ってくれたんはおまえが初めてや
翔馬が聞いたことに、汐村は眉間に深い皺を寄せてしばらく考えていた。今は誰を信用していいかも分からなくなっているのではないか。汐村はジェッツに移籍したこの数年間、散々嫌な目に遭った。不調のたびにマスコ…
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連載<14> ここで怯めば舐められるだけ
汐村がベンツの窓ガラスを開けた。 「なんや」 「乗せてもらえませんか。話があります」 思い切ってそう切り出した。八カ月間、番記者をやっているが、汐村の車に乗せてもらったことはない…
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連載<13> 汐村が自発的に練習するとは珍しい
「俺が生まれて親父はやめたみたいだけど、それまでは麻雀や競馬で、いつもスッカラカンだったらしいよ。翼がその血を見事に受け継いだみたいだ」 翔馬はそう言って漫画が散らかる弟の翼の机に目を向ける。…
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連載<12>鳩の雛がかえるなんて縁起がいい
「あの時、うちはコウノトリじゃなくて鳩が子宝を運んでくれたって、お父さん喜んでたのよ。アルバイトなのに、子供が生まれたなんて大変だって、上司の人がお父さんを社員にしてくれて。それまで不安でいっぱいだっ…
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連載<11> 東都のニュースの出どころは伊場
「ジェッツのフロントって他紙の人にはどうなの」 由貴子が翔馬に聞いてきた。 「球団代表やスカウト部長は日日と聞いただけで良からぬことを書いてくるんじゃないかと警戒される」 「とくに…
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連載<10> 結婚した途端、由貴子が異動に
――日日スポーツの笠間翔馬さんと結婚することになりました。 由貴子が社内で報告した時、東都スポーツのほとんどの社員は祝福してくれたそうだ。だが一人だけ眉をひそめた人間がいた。それが編集局次長…
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連載<9> きみのお父さんには世話になったからな
「そうだよ。ドルフィンズは柳川を獲るかもしれない。うちは汐村に残留を求め、それなりの条件は提示するつもりだ」 「でも僕がどうして。球団が話せば済むじゃないですか」 「まぁ、そうなんだけど」…
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連載<8> ジェッツは汐村の契約を延長するのか
「そんなことないですよ。僕なんかまだ一年目のひよっこですし」 「一年目であれだけ言えりゃたいしたもんだよ。安孫子が来年も使ってもらえる保証はないし、ここで頑張らないと来年はないぞと誰かが教えてや…
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連載<7> これだからアマチュアは困る
翔馬は大学の後輩の安孫子を立てた。この男が由貴子にしたことは許せないが、一年目から一軍でプレーする大変さは、理解しているつもりだ。 「別にフォークなんか待ってませんよ。まっすぐ狙いで反応しただ…
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連載<6> 他紙の記者が礼も言わず去っていく
ただし甘党でも父は和菓子で、翔馬が子供の頃は饅頭やみたらし団子を出されてもさほど嬉しくなかった。 「お義母さん、口では女の子が欲しかったって言ってくれるけど、本当は男の子の孫が欲しかったんじゃ…
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連載<5> 弟は親父が本当に好きだった
弟の翼は昔から勉強は苦手だったが、それでも小さな頃は明るくて、やんちゃすぎるくらいだった。小柄だった翔馬と違い、体格が良くて、小学校低学年の頃は、父が子供の頃に習っていた剣道で、市大会で優勝していた…
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連載<4> 弟はちゃんと予備校に通っているのか
父がスポーツ新聞の記者だけあって、母は野球記者の事情がよく分かっている。シーズン半ばまではたいしたことはない。終盤に入りストーブリーグが始まると、勤務表通りには休めなくなる。今年の場合、優勝しそうな…
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連載<3> 日日の販売あがりに好き放題やられるな
スポーツ紙の記者には不文律がある。一つ目は談話を教えてもらったら自分が聞いた別の選手の談話も教えること。二つ目は一対一で選手と話をしている記者の間には割り込まないこと。もちろん盗み聞きはご法度だ。す…
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連載<2> 盗み聞きなんて卑怯なことはするな
「俺なんかより、きょうは逸見やろ」 翔馬の質問に汐村はそう話した。自虐的だが、翔馬には悔しさが籠っているように聞こえた。仲間だろうが活躍されて悔しく思う気持ちは、大学まで野球部にいた翔馬も分か…
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連載<1> 翔馬の後ろをついて歩く他紙の記者
締め切り時間が近づくにつれ、通路で待つ記者が減っていく。 八月半ば、ビッグドームでの中部ドルフィンズ戦、首位の東都ジェッツは四時間ゲームの末、七対六で勝利し、二位とのゲーム差を「7」に広げた…