本城雅人
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本城雅人作家

1965年、神奈川県生まれ。明治学院大学卒。スポーツ新聞の記者を経て09年「ノーバディノウズ」(第1回サムライジャパン野球文学賞)でデビュー。17年「ミッドナイト・ジャーナル」で第38回吉川英治文学新人賞を受賞。著書に「紙の城」「監督の問題」など多数。

連載<1> 翔馬の後ろをついて歩く他紙の記者

公開日: 更新日:

 締め切り時間が近づくにつれ、通路で待つ記者が減っていく。

 八月半ば、ビッグドームでの中部ドルフィンズ戦、首位の東都ジェッツは四時間ゲームの末、七対六で勝利し、二位とのゲーム差を「7」に広げた。東郷監督も、逆転の二点本塁打を放った四番の逸見も帰宅し、記者のほとんどは原稿を書くため記者席に戻った。

 今、残っているのはジェッツ番でも若手だけ。彼らはキャップから、汐村が帰る時、日日スポーツの笠間がついて行ったら、一緒に行って話を聞け――と言われているはずだ。

 笠間翔馬は他の記者とは離れた場所に立っていた。何人かが様子を窺うように顔を向けるが知らぬ振りをしている。そこでロッカールームの扉が開く音がした。

 ベタ足がドーム球場の通路に響くと、雑談していた記者たちが一斉に沈黙した。「お疲れ様です」出てきた汐村に何人かが挨拶するが、そうしたところで汐村が言葉を返すことはない。記者が近寄れば凄まれ、おかしなことを聞こうものなら、関西弁でどやされる。だからほとんどの記者は質問もできない。

 今年は開幕から五番を打ち、二年振りの優勝に向かうジェッツに貢献している。

 汐村が翔馬の方向へと歩いてきた。汐村の後ろから距離を置いてついてくる他紙の記者は、汐村ではなく翔馬を見ていた。

 汐村が目の前まで来た。

「お疲れ様です」

 他の記者と同じように挨拶するが、無視だった。

 汐村が真横を通り過ぎた時、翔馬は体を翻して汐村の横についた。

 後ろを歩く他紙の記者が一斉に反応し駆け足になる。

 翔馬はそこで足を止めた。

 短距離走でフライングをされたように、他紙の記者も止まった。翔馬が行かないのに、自分たちだけで汐村に質問する勇気がないのだ。彼らはみんなバツが悪そうな顔をしていた。

 今度は翔馬が走って、汐村の真横に並んだ。不意をついたことで他はついてこなかった。

「お疲れ様です、汐村さん、長い試合でしたね」ガニ股で歩く汐村の隣から、そう話しかけた。反応はないが、翔馬は他紙の記者のように怒鳴られたことはない。

 今年の一月、翔馬は一年近くいた販売局から、編集局に異動になり、ジェッツ番、その中でも汐村を中心に見るように命じられた。

 キャンプで取材した時は他の記者同様、相手にされなかった。オープン戦でも、シーズンが開幕しても同様だった。それでもめげなかった。他の記者はみんなでつるんで聞きに行くから嫌がられるのであって、一人で行けば必ずチャンスは出てくる。そう信じて、他紙が大勢で行く時は群れからあえて離れ、万が一汐村がなにかコメントして、それを自分だけが聞けなかったとしても構わないと腹を括った。

 その代わり、記者が自分一人の時は挨拶して話しかけ、どれだけ睨まれようが食い下がった。ケガで離脱した汐村が一軍に復帰したオールスターの頃には、翔馬への反応が少し変わった。「おまえ」だった呼称が、「笠間」と名前で呼ばれるようになった。

「一回の先制タイムリー、外角に沈むシンカーでしたけどうまく合わせましたね」

 五番一塁で先発し、五打席中ヒットは一本だったが、四球二つで三度出塁したのだから悪くない。しかし汐村は「まあまあだな」と言うだけだった。おそらく六回の二死二、三塁で、四番逸見が敬遠され、自分と勝負してきたのに、平凡な左飛に終わったことが納得いかないのだろう。あの時はビッグドームが大きなため息で包まれた。
 (つづく)

【連載】連載小説「使者」 本城雅人

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